次の日の早朝、城の中はいつも以上に慌しかった。


それは、処刑が行われるからでははい。


執行されるはずの処刑が中止になったからである。


それは本来であれば私を大いに喜ばせる事実であるが、中止の理由は思いもよらないものだった。


「番人が、自殺したわ。格子に縄をかけて首を吊って・・・。今朝、看守が呼びに行ったときにはもう息絶えていたそうよ」

 

レッテが私の部屋に入ってきて告げた言葉。


番人の自殺で、ロビンたちが後処理に追われているらしい。


「処刑されるまでの時間を過ごすのに耐えられなかったんだと思うわ。昨夜の食事もほとんど手を付けていなかったし。精神的に参ってた様子だったもの」

 

私はレッテの説明を半ば放心して聞いていた。


昨日の番人の姿を思い出す。



――疲れきった表情――生気の無い眼――かすれた声――。



あのとききっと番人はギリギリの精神状態で言葉を交わしていたんだ。



私は焦点の合わない目でレッテを見る。


「気持ちの整理がつくまでここにいるといいわ。傍にいてあげたいけど、わたくしも忙しい身だから、もう行かなくては。ごめんなさいね、メグミ。時間が空いたらまた様子を見に来るわ」

 

レッテは“しっかり”と言いたげに私の肩をポンと叩き、急ぎ足で部屋を出て行った。

 

一気に部屋がシンとなる。


締め切ったカーテンの向こう側から、雨が窓を打つ音が聞こえてくる。


私の代わりに空が泣いてくれているかのように。


「もう・・・涙も出ないや・・・」

 

昨晩泣きすぎて私の眼はカラカラに乾いていた。


少し頭痛もする。


こんなに悲しい気分なのに泣く事すらできない。


“ガタガタ・・・ガタガタ・・・”

 

不意に窓の方で物音がした。


これは、カノンだ。


カーテンを開けると、やはりカノンが窓の縁を引っかいていた。


「おはよう、カノン。また会いに来てくれたんだね」


「クシュンっ。うぅ・・・今朝は冷えるな」

 

カノンは今日もしゃべっている。


雨に打たれて体はびしょぬれだ。


私はタオルを持ってきて、カノンを拭いてやった。


「朝早くから城の中が妙に騒がしいと思ったら、番人が処刑前に自殺したらしいな」


「・・・良く知ってるんだね」


「ふん。なんたって俺はネコだぜ?ネコの情報網をなめんなよ」


「ふぅん・・・・」

 

私はカノンを拭く手を止めて窓の外を見た。


雨はさっきより激しく降っている。


霧で真っ白だった。


「そんなに暗くなるなよ。ちょっと死ぬ時期が早まっただけのことだろ。それに、番人もこれで苦しみから解放されたんだんだし、お前が落ち込まなくても」


「分かってるよ。だけどなんだか腑に落ちないって言うか。まだどうにかできたんじゃないかって根拠のない期待があったから、余計に悔やまれてしょうがないの。どうしたら、このもやもや、消えるのかな?」

 

私は胸をキュッと押さえた。


「ったく・・・。お前の方が苦しんでどうすんだよ。世話が焼ける奴だな」

 

やれやれと言うように、カノンが私の膝から飛び降りて、ドアに向かう。


「付いて来な」

 

私もベッドから下りた。


「どこに行くの?」


「俺は神の存在なんか信じちゃいねーけど、シスターがお前の病みきった心を何とかしてくれるかもしれない。教会に案内してやるよ」

 

教会・・・。


一度だけ、アメリア様の挨拶回りに付いていったときに立ち寄った事がある。


あれ以来、行く機会がなかった。


「この城ではな、すべての魂は墓より教会に集まりやすいって言われてんだ。だからついでに番人の供養もしてやるといい。シスターたちがやってる“お祈り”ってやつでな」

 

カノンて、案外いい奴なのかも。


私を励まそうとしてくれてるみたい。


「なんだよ、ジロジロ見て」


「なんでもない。ありがとうね、カノン」


「別に、いつまでもくよくよされちゃこっちの調子が狂うからな。さっさといつも通りバカみたいに笑うお前に戻ってもらいたいだけだ」

 

カノンは前を向いたまま、ぶっきらぼうにそう言った。