食事の後、ゼノンは私を部屋まで送ってくれた。
私の部屋の前には、カノンが丸くなって待機していた。
「カノン、おいで。西塔に帰りますよ」
ゼノンが呼びかけると、カノンは彼の腕にひょいと収まった。
「今日はありがとう。食事に付き合ってくれて」
「わたしでよろしければ、いつでも声を掛けて下さい。お待ちしていますから」
そのあと少し間を置いて、控えめに口を開く。
「メグミさんは・・・、これからどうなさるおつもりなのですか?」
「え・・・」
「あの、同じ世界のアランという者にまた会いに行くのですか?」
何が言いたいんだろう。
どうしてそんな事を聞くんだろう・・・。
「まだ何も決めてないよ。でも、アランとまた話はしたいと思ってるよ」
「・・・そして、彼と共にあなたは、いつかはいなくなってしまうんですね。この世界から・・・」
ゼノンの言葉で、私は急に不安に駆られた。
物語を終わらせて元の世界に帰る事は、本の世界の人たちとの永遠の離別を意味する。
そのことに、私は耐えられるだろうか。
このまま物語を進めていくうちに、別れ難いほどの情を抱いてしまわないだろうか。
いや、今だって、ロビンたちに会えなくなるのは辛いと思い始めてる。
本当に帰りたいなら、覚悟決め、けじめをつけなければならない。
「・・・私・・・」
何も答えられないでいると、ゼノンがフッと息を吐き、笑顔を作った。
「困らせるような事を言ってすいませんでした。メグミさんがどうするかは、メグミさんが決める事です。少し、出しゃばりすぎましたね。では、わたしはこれで失礼します」
心に何かが引っかかったまま、私はゼノンの後姿を、見えなくなるまで眺めていた。
その日、私はベッドの中で、なかなか寝付けない夜を過ごした。
次の朝。
「メグミ、入るわよ」
ノックの音がして、レッテが顔を出した。
「おはよう、レッテ。朝食のお誘い?」
「んー、わたくしじゃなくて、エルーシオと姫様からのお誘いと言ったほうが正確かしら」
「??」
「姫様がメグミの顔を見たいそうよ。一緒に朝食を食べたいんですって。エルーシオがそう伝えろって、わたくしに頼んだの。彼は姫様の傍を離れられないから」
「レッテは?一緒に食べようよ」
レッテは首を横に振った。
「わたくしはいろいろと仕事を頼まれているから、時間がないの。姫様にあなたの無事な姿を見せて、安心させて差し上げて」
「お昼は?空いてるでしょ?」
レッテがクスッと笑う。
「姫様があなたをお昼までにお放しになるかしら?きっと昼食も一緒に食べようと仰るわ。メグミは姫様にかなり気に入られているとエルーシオから聞いたわよ」
「そんなこと・・・ないと思うけど・・・」
「とにかく、今日は姫様と一緒にいてあげて。きっと遊び相手が欲しいはずだから」
私の肩をポンとたたいて、レッテは部屋を出て行った。
「あ、番人のおじさんのこと、どうなったか聞くの忘れてた・・・。エルーシオ、知ってるかな?」
アメリア姫の部屋に行く支度をしながら、私はおじさんのことばかりを考えていた。
どうしてアメリア様を殺そうとした奴と一緒にいたのか。
どうして体を張って他人の私を助けてくれたのか・・・。
部屋を出て、姫の部屋に向かうはずの足は、番人のいた病室に向かっていた。
「話ができるとは思わないけど」
病室のドアを三回ノックした。
「・・・」
意外にも、部屋の中は静かだった。
朝だからだろうか。
しかし、返事もない。
「失礼します」
ドアを開けると、病室のベットは空っぽで、ロビンもゲルダもそこにはいなかった。
・・・誰もいない。
「どこに・・・行っちゃったんだろう」
一抹の不安を覚えながら、私はドアを閉めて、駆け足でその場を離れた。