アジトの一室で一人、私は考えていた。
猛毒の種類も分からないのに、闇雲に薬を探して持ってきたって、それが本当に効くとは限らない。
毒を飲んだアランの仲間は死んでしまう。
さっき私の様子を見に来た、あの女の人も・・・。
「敵とはいえ、やっぱり見殺しにはできないよ・・・」
でも、城に戻れなければ、私にはどうすることもできない。
自分は無力だ。
「私の唯一の取り得は、このフルートだけ」
もしものときのために、一応、魔族の護身用にとフルートを持ってきていた。
シルフィのバイオリンのようにヒトの心を癒す力があるかは分からないけど、このフルートの音色で、少しでも苦しみを忘れさせてあげられたら・・・。
私はフルートを構えた。
『花のワルツ』がアジト中に響き渡る。
いきなり聞こえてきた美しい曲に、介抱していたアランたちは手を止めた。
「何だ、この曲・・・。あ・・・!」
アランは目を疑った。
苦しんでいた仲間たちの表情がだんだん穏やかになってゆく。
荒かった呼吸も徐々に落ち着きを取り戻してゆく。
「どうなってんだ!?何が起こってるんだ!?」
「分からねぇ。死に際の顔ってのは、こんなに穏やかなもんなのか?」
悲しむ仲間に、アランが怒号を浴びせる。
「縁起でもねぇこと言うな!こいつらのどこが死にそうなんだよ!むしろ、良くなってるだろ!よく見てから物を言えよ!」
まだ、笛の音は鳴り続けている。
「この音が鳴り始めてからだ。こいつらの様子が変わったのは・・・」
「そうだ。信じられねーが、この音のお陰にちがいねぇ。どこから聞こえてきてるんだ?」
介抱していた仲間たちが口々に不思議そうに言う。
「お前ら、そいつらを見てろ。俺が確かめてくる」
アランはそう言うと、音のする方を耳で辿り始めた。
そんな奇跡が起こっているとはつゆ知らず、私はこの音が城まで届いて欲しいとも思いながら、『花のワルツ』を演奏し続けた。
この音色を聞きつけて、ロビンが私を助けに来てくれたらいいのに・・・。
すると、部屋に誰かが飛び込んできた。
一瞬、ロビンが本当に来てくれたのかと思ったが、それはアランだった。
ちょっとガッカリ。
「お前が吹いていたのか・・・。お前、何者だ?」
「え?」
フルートを手にしている私に、アランはマジな顔で尋ねてくる。
どうしてそんなことを聞くのか、サッパリ分からない。
「何者って言われても・・・。なんでそんなこと聞くの?あんた、私のこと知ってて連れて来たんじゃないの?」
「・・・信じられねぇが、お前のその笛の音を聞いた仲間が、回復した。どうしてそんな力を持ってる?」
「へ??・・・うそ・・・」
私のフルートで、あの人たちの体が治ったって言うの?
そんなの、私にも信じられない。
戸惑っていると、部屋にあの女の人が顔を出した。
「アラン」
「フィオネ!お前もすっかり良くなったみてーだな」
どうやら、アランの言った事は本当らしい。
あんなに苦しそうで、今にも死にそうな様子だったのに、フィオネは何事も無かったかのように、ケロッとしていた。
「料理屋のオヤジめ、物凄い毒盛りやがって・・・。あたしら、マジで死にかけちまったよ。アラン、どうやってあたしらを助けた?」
「このブサ子がこの笛で助けてくれたんだぜ」
アランはフルートを持った私の手を取り、持ち上げた。
私はムッとして、その手を振り払った。
「何だよ!?」
「調子いいこと言わないで!あんたってホント最低!優柔不断、頑固者、分からず屋―っ!」
今回はうまくいったから良かったものの、あのまま放っておいたらどうなっていたか・・・。
アランの物分りの悪さにはほとほと呆れかえってしまった。
アランに一喝する私を見て、最初は呆然としていたフィオネだったが、静かにフッと笑った。
「何だかよく分かんないけどさ、とにかくあんたが助けてくれたんでしょ?人質のクセに、変わった奴だ。アランにも怒鳴り散らすし、気に入ったよ。ありがとうね、お譲ちゃん」
そう言われて、ちょっと照れてしまった。
このフィオネって人も、根は悪い人じゃないのかなと思った。