姫にまともな別れもできず、そのまま私は病室に戻ってきた。
シルフィも帰って行き、エルーシオは姫が心配だと宮室の前に残った。
「姫様のお加減は、どうだったかね?」
医務室に戻ってきた私にゲルダが尋ねる。
私は勝手に出て行ったお詫びをしてから、宮室でのことを話した。
「そうかい。それは楽しく過ごせたもんだね。あたしもそのクッキーとやらを食べてみたいもんだよ」
「今度作って持ってきますよ。機会があったら、他のお菓子も作りたいな」
「楽しみにしてるよ。あんた、もう動いても平気そうだね。フィルラントさんは一日安静って言ってたけど、この分なら自分の部屋に戻っても問題ないだろう」
「じゃあ、退院ですか?」
「ま、そういうことだね。気をつけてお帰り」
私はベッドから飛び降りると、ゲルダにお礼を言い、西塔へ向かった。
ゼノンのところだ。
「あ、その前にフルート・・・」
どうせなら、しばらく疎かにしていたフルートも聴いてもらおうと、自分の部屋にフルートを取りに戻った。
自分の部屋に入ると、そこにお客さんがいた。
「ニャー」
「あ、カノンじゃない!?なんで私の部屋に?」
カノンはそれに答えるように窓の傍に行き、前足で窓の外を指した。
なんだろうと、窓を覗き込む。
「うわ!びっくりした!」
窓の外側、すぐ近くの屋根の上にゼノンが座り込んで空を見上げていた。
私の声でハッとしてこちらを振り向く。
「もう戻られたのですか。そろそろ医務室へ様子を見に伺おうと思っていたのですが」
窓を開け、私は身を乗り出した。
「こんなところで、何してるの?」
「・・・星を読んでいたのです」
「星・・・?」
ゼノンと同じように空を見ると、確かに星がちらほら瞬いている。
もう夜だ。
「星は昔から、ヒトの運気を占うために用いられてきました。この城にさらなる災いが降り掛からないかどうか、星を読んで確かめていたのです」
「へぇ、すごいね。それで、星は何て?」
「・・・ダメです。今日もほとんどの星が雲に隠れて見えません」
ゼノンは苦笑いをした。
私はゼノンらしくない回答をもらって、思わず笑ってしまった。
「あ、そうだゼノン。あなた昨日の夜、私の怪我を治してくれたの?今朝、傷痕が綺麗に消えてたんだけど」
私は怪我をしていた方の腕を見せた。
ゼノンはそれを見て、心当たりがないという顔をした。
「わたしにそんな力はありませんよ。エドモンドさんの薬草のお陰でしょう。早く回復して良かったじゃないですか」
結構深い傷だったと思ったんだけど、やっぱりゲルダの薬か。
そう納得して、私は次の話題に入った。
「今日ね、初めて宮室に招かれたんだ。アメリア様にゼノンの事、伝えておいたよ」
ゼノンは一瞬ドキッとしたように肩を上げ、遠慮気味に言った。
「姫様・・・何か言っておられましたか?」
「うーん、それが、納得してくれたかどうか・・・。ごめん、肝心なとこが聞けなくて。でも、アメリア様は前ほどゼノンを恐がったりしないと思うよ」
「そうですか・・・わたしのために、わざわざ有難うございました」
ゼノンの消え行く声。
それと同時に、私の腹の虫が盛大に鳴った。お腹はペコペコだった。
「あちゃー・・・。フルート聴いてもらいたかったけど、先に腹ごしらえしなきゃなぁ」
「食べていらしてください。わたしは西塔の部屋で待っていますから」
「ゼノンはもう食べたの?」
「えぇ、まぁ・・・」
曖昧な返事。もしかして、まだなんじゃあ。
「本当に食べた?私に気ぃ遣ってない?」
「いや、だってあなたはレッテさんといつも食事をしておられるんでしょう?」
遠慮してる。
私はゼノンの手をがっしり掴んだ。
「じゃあ今日は、三人で食べよう!一緒にレッテを探そうよ」
「え、あの・・・」
ゼノンの抵抗も無視して、私は強引に彼の手を引いて部屋を出た。