私は初めて姫の宮室に入った。
とは言っても、まだ入り口の扉を開けただけ。
その先には黄色いカーペットが敷かれている長い廊下があった。
両側には観葉植物や小さな噴水、歴代姫君と王の肖像画、色とりどりのステンドグラスがあった。
高い天井から吊り下げられているシャンデリアは目に優しい白い光を灯していた。
私はその美しさに、感嘆の声を上げながら廊下を進んでいった。
「アメリア様、メグミ様をお連れいたしました」
廊下の突き当たりにある、これまた大きくて豪華な扉に向かってエルーシオがかしこまって言う。
すると扉の向こう側から小さな足音がして、扉が少し開いた。
そこから姫がそっと顔を覗かせる。
「メグミ!あぁ良かった!そちらから会いに来てくださったのね!怪我をしたと聞いて、すごく心配していましたのよ!!」
姫は走ってきて私に抱きついた。
隣にいたエルーシオは、信じられないという顔をしている。
抱きつかれた私も、恥ずかしくてみるみる顔が真っ赤になった。
「そんなに心配かけちゃってたの?アメリア様の方こそ、ずっと目を覚まさなかったみたいだったけど、体は大丈夫?」
「あたくしは何ともありませんわ。あなた、一体どこを怪我なさったの?」
姫は私の体を見回した。
「傷は浅かったから、ゲルダさんの薬でもう完治したの。だからどこも痛くないよ」
姫は安心したように微笑むと、少し視線を下げた。
「いけないことをしましたわ。あたくしが無責任な行動をとったばかりにあなたまで危険な目に遭わせてしまって・・・。本当にごめんなさい」
「謝る必要ないって。アメリア様は何も悪くないよ」
「メグミの言うとおり。アメリア姫に非はない」
部屋の扉を開け、中からロビンが出てきた。
エルーシオとは違い、疲れた様子は一切なく、笑顔を保っていた。
思えば、毎日会議や訓練に明け暮れているのに、ロビンが憔悴している姿は見たことが無かった。
それだけ強い精神力と充分な体力を身につけているということなのだろうか。
「本当に悪いのは、アメリア姫を襲ったというその男。一刻も早く見つけ出さなきゃならないね」
「どうしてあたくし、見ず知らずの方に狙われているのかしら・・・。全く検討がつきませんわ」
姫も、今回の事件に関しては困惑するばかりであった。
そんな姫を見て、エルーシオが力強く言う。
「相手がどんな奴であろうと、俺が必ずアメリア様をお守りします。あの時は惜しくも取り逃がしましたが、今度あの男に会ったら、ひっ捕まえてみせます」
「頼りにしていますわ。エルーシオ」
姫が微笑むと、エルーシオは照れくさそうに視線を上にそらした。
ほーう。エルーシオは姫に気があるみたい。
でも残念。姫はロビンと結ばれる運命。
私と同じように、その恋は片想いで終わってしまうんだよ。
「アメリア姫は時々、北塔の最上階に出向かれていた。もしかしたら、犯人の男はそれに気が付いて、度々姫のことを見ていたのかもしれない。従者が近くにいなくて姫が一人きりだと確信を持つまで、姫の様子を伺っていたのかもしれない」
冷静に分析するロビン。
もしそうなら、今までずっと姫は危険にさらされていたことになる。
タイミングが悪ければ、今頃殺されていたかもしれない。
姫は背筋に悪寒が走るのを覚えた。
「あたくし、もう部屋を抜け出そうなどとは考えませんわ。やはり、この宮室にいるのが一番安全ですもの。しばらくは城内の挨拶も控えさせていただきますわ」
ロビンは一瞬、愁いにも似た表情を見せたが、すぐに真顔になった。
「・・・それがいいでしょう。とにかく今は姫の身の安全が最優先。レオナルド、事件が解決するまで君が姫のそばにいてやってくれないか」
ロビンに指名され、エルーシオはたじろいだ。
「俺が、ですか?何もせずにただここでじっとしていろと?」
「君はさっき、姫を全力で守ると言ったね。どんな時でも、姫を真っ先に守るためには姫の傍にいるのが一番なんだよ」
「ですが・・・」
「レオナルド。何も心配いらないさ。僕を信じて」
ロビンに笑顔を向けられ、エルーシオは何も言えなくなってしまった。
不思議と、ロビンが心配ないと言うと、本当になにもかもうまくいくような気がした。
―――しかし、事は予想以上に深刻だった。