私の話を聞き終わると、ゼノンはゆっくり口を開いた。


「あなたは、姫様を命がけで守ろうとしてくださったのですね。残念ながら、姫様を襲った男には逃げられてしまったと聞きました。暫くは城内の警備が厳しくなる事でしょう。少なくとも、犯人が捕まるまでは」


「アメリア様、大丈夫かな?相当恐かっただろうから、まだ事件のショックから立ち直れていないと思うの」


「大丈夫。エルーシオさんとロビン様が交代で付いていらっしゃいます。心配には及びません。それよりも今はご自分のお体の心配をなさってください」


ゼノンは怪我をした私の腕の上にそっと手を置いた。


そうだ。とにかく早くちゃんと元気にならないと。


そしたら私も犯人探しを手伝おう。


「ありがとう、ゼノン。この怪我が治ったら、また遊びに行くね」


ゼノンは頷いて微笑むと、一言、「あまりご無理はなさらないよう」と言って医務室から出て行った。


また一人になった私は、横になって布団をかぶった。


そして、朝がやってくるのをひたすら待つのであった。




翌日の朝、レッテとゲルダが朝食を持ってやって来た。


昨日よりはるかに顔色がよくなっている私を見て、二人とも一安心した。


「熱が下がったみたいね。良かった。メグミが元気になってくれて」


「あたしの薬が効いた様だね。後は怪我が治るのを待つだけさ。包帯を取り替えようかね」


ゲルダは私の腕に巻かれた包帯を手際よく外すと、眉を吊り上げた。


「こりゃ、たまげた。あんた、もう完治したのかい?」


「え?」


あんなに大怪我したのに、そんなはずはないと、私は自分の腕を見た。


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驚く事に、昨日まで痛みがあったとは思えない程、傷跡が跡形もなく消えていた。


ゼノンが私の腕に触れたとき、何かしたのだろうか。


ゲルダは自分なりの解釈で納得し、あまり深くは考えなかった。


「包帯に染み込ませた薬草が、あんたの体と相性が良かったのかもしれないね」


「ゲルダさん、すごいです。こんなにすぐに回復するなんて。さぁメグミ、しっかり朝ご飯を食べて、一応もう一日くらい安静にしていなさい。あと、そろそろ、姫様が襲われた時のことを詳しく聞かせて頂戴ね」


そういえばまだレッテたちにはちゃんと話していなかった。


私が落ち着くまで待っていてくれたんだ。


朝食を食べ終えた後に私は昨晩ゼノンに話した事をレッテやゲルダにも復唱した。


レッテはいつにもなく真剣な顔つきになった。


「魔族以外の者が、姫様を狙っている。どうしてかしら・・・」


「こりゃ、近々お偉いさん達だけじゃなく、他の護衛戦士やあんたのような従者も招集されることになるかもしれないねぇ」


レッテはゲルダのほうを見て息を呑んだ。


「それは、城の周りか城の内部に謀反を企む輩がいるかもしれない、ということですか」


「可能性は、捨て切れないよ。そうなれば兵士たち総出で見つけなくちゃならない」

「・・・」


レッテは黙り込んだ。


おそらく、こんなことは初めてなのだろう。



普通の人間が姫を狙うことなど。



「もしかすると、他の国の民かもしれません。ハトリックの民が裏切るなんてあり得ません!」


ハトリックの護衛戦士はハトリック城とハトリックの民を守る役目を持っている。


それらを統括する姫もまた、ハトリックの安全と秩序のために尽くしている。


それなのにハトリックの民が恩を仇で返すような事をしたとは思いたくないのだろう。


ゲルダは深く溜め息をついた。


「どういう事になるかはあたしにも分かりゃしないよ。お偉いさんたちが決める事だ。指示が出るまではとにかく待つしかないよ」


ゲルダは冷静だった。


あれやこれやと考えても何にもならない。


レッテは私のベッドに腰掛けた。


「いずれにしても、メグミを傷つけたことは許せないわ。犯人は必ずわたくしたちが捕まえるからね」


力強いレッテの言葉に、私は彼女の頼もしさを感じた。


「ありがとう。でも怪我だけはしないでね」


「えぇ。わかったわ」


そう言い残すと、情報収集に行って来る、とレッテは医務室を後にした。