その日の夜。
私は一時間くらいロビンの部屋の前でレッテと共に粘ってみたが、とうとう彼が帰ることは無かった。
だから諦めて自分の部屋に戻ってきた次第である。
ベッドに入って寝ようとしたが、ロビンのこと、姫のこと、ゼノンのことなど色々考えていたら眠れなくなってしまった。
「人間って、考え事すると目が冴えちゃうんだよね」
もう真夜中。
私はむっくりと起き上がった。
ネグリジェのまま、深夜の城内へ繰り出す事にした。
「今からロビンを訪ねて行くのは、さすがに迷惑だよね。そうだ、私ここへ来てから一度も城下町を見たことが無かったっけ」
以前エルーシオに城の中を勝手に散策するなと注意されたが、好奇心旺盛な年頃の私は自分の心に逆らえなかった。
「お城の最上階まで行ってみよう」
一番高いと思われる北の塔にはまだ一度も言った事が無かった。
そこに辿り着くまで途中何度か警備の人間に出くわしそうになったが、城内にあるオブジェの影に隠れてやり過ごした。
我ながら天晴れな隠れっぷり。
「ちょっと冷える。夜中って寒いなぁ・・・」
一応、小さなブランケットを持ってきておいて良かった。
私はそれを羽織ると、誰かに気付かれないように足音を忍ばせて一歩一歩、上へ続く階段を上った。
「はぁ・・・この塔すごく高い。何段あったんだろう。キツイ・・・」
最上階に着く頃には、息が上がっていた。
しかしついに上まで上りきったのだ。
やっと城下を見下ろせる。
と思ったが、風の通る踊場に出ると、先客がいた。
慌てて頭を引っ込める。
こんな遅い時間に、一体誰だろう!?
しかもこんなところで・・・。
私は注意深く、再びそおっと踊り場に顔を出した。
そして、月明かりに照らされた先客の顔を見て、私は心臓が止まりそうになった。
「あ、アメリア様・・・!?」
「誰!?」
同じくネグリジェ姿の姫が、私が思わず漏らした声に反応して振り返る。
「あ、あなた、あの時の・・・」
姫は私を警戒して一歩下がった。
そうされては、私もどう動いたらいいか分からない。
とりあえず、そこに留まったままで、「ここで何してるの??」とタメで聞いてしまった。
姫は私のことをキッと睨んだ。
「あなたこそ、こんな真夜中になぜここへ?あたくしの後をつけていらしたの?」
「まさか!私はただ、高いところから城下町を見てみたかっただけで、ここで会ったのは偶然だよ」
階段から一歩上がると、姫がさらに後ずさりした。
そんなに恐がらなくても・・・。
「近づかないで!それ以上こっちへ来たら、大声出しますわよ!」
「ちょっと待ってよ!私だってねぇ、この階段上るの大変だったんだから!あんたがそこにいたんじゃ、全然夜景が見れないでしょ!私の努力、無駄にする気!?」
今の言葉にカチンと来たのか、今度は姫の方からずんずん近づいてきた。
「まぁ、なんて失礼な口の聞き方なの!?あなた下品ですわ!あたくしは一国の姫ですのよ!その姫に噛み付くなんて無礼極まりないですわ!!」
「・・・ごめん!」
姫の気迫に圧倒されて、無意識に謝ってしまった。
その瞬間、姫は我に返ったようにハッとした。
「あたくし・・・こんなに腹を立てたのは久しぶりですわ。こんなに怒鳴ったのも・・・。なんだか、スッキリしましたわ」
自分でも驚きだといった口調だ。
冷たい風が踊場に吹き抜け、姫は小さくくしゃみをした。
ネグリジェだけでは、体が冷えるのも当然だ。
私は羽織っていたブランケットを姫に掛けてやった。
姫は驚いて少し身を引いたが、それ以上逃げはしなかった。
「あら、どうしたの?大声出すんじゃなかったっけ?」
「・・・この暖かいブランケットに免じて許して差し上げますわ」
そういうと、姫はそっぽを向いた。
「わぁ、とても綺麗。想像してた以上だぁ!」
私は踊場の手すりに摑まり、初めて城下を見下ろした。
真夜中なのに町の暖かい光が点々と灯っている。
空には満天の星。
湖には湖面に映った月明かりが水面に揺れて幻想的だ。
「あたくしのお気に入りの場所ですわ」
独り言のように姫が小さくつぶやいた。