その日から、私はフルートの練習に励んだ。
シルフィのせいで、あの大ホールを使いにくくなってしまったが、代わりにいい場所を見つけた。
誰にも邪魔をされない、城の裏口から出たところにある静かな空間。
背の高い木が風に揺られてさらさらと涼しい音を立てる。
間から差す木漏れ日が心地いい。
私はその一画を『緑の公園』と呼んでいた。
「あぁー、いつ来ても気持ちがいいなぁー」
フルートを吹き終わった私は、うんと体を伸ばした。
練習を始めて早五日。
上手くなっているのかどうかは自分にはよく分からないが、時々聴きにやってくるレッテやロビンは日に日に上達していると言ってくれている。
私はこのぽかぽか陽気と風の心地よさに、だんだんうとうとしてきた。
「ちょっとだけ・・・目を閉じるだけ・・・」
と言いながら、私は深い眠りに落ちた。
「・・・起きて、もう陽が沈みますよ」
誰かに肩を揺さぶられ、私はハッとして飛び起きた。
あたりは夕焼け。
結構眠ってしまったようだ。
「わっ、もうこんな時間!起こしてくれてありが・・・」
私は相手を見るなり絶句した。
黒いフード、黒いマント。
全身真っ黒な服装をして私の目の前に立っていたのはあのウィリアム・ゼノンだった。
あまりに驚きすぎて、口をパクパクさせてしまった。
「こんなところで寝ていては、風邪を引きますよ。早く自分の部屋にお戻りなさい」
そう言って、私の手を取ると城の裏口まで誘った。
私は緊張の中、一応お礼だけは言って、慌てて自分の部屋まで走って行った。
ベッドに飛び込む。
心臓はバクバクだった。
初めてあんなに至近距離で見た。
でも、夕暮れ時で顔はよく分からなかった。
別段、何をされたわけでもなかったが、とにかく恐かった。
そして私は重大な忘れ物をしたことにようやく気付く。
「あーーーー!フルートッ!!ゼノンに気を取られて置いてきちゃった!!やばい・・・」
急いで取りに戻る。
まだゼノンがいるかもしれない。
私はそぉーっと裏口のドアを開けた。
「ほっ・・・。誰もいない」
一安心して、もう暗くなってしまった『緑の公園』に入った。しかし・・・
「ない・・・。フルートがどこにもない・・・。うそでしょう・・・!?」
そこにあったはずのフルートは見当たらなかった。
あの時眠りさえしなければ・・・。
私は自分を悔やんだ。
とにかく、騒いでも仕方がないので、冷静になって考えた。
「ゼノンが持って行っちゃったのかもしれない・・・」
完全になくしてしまうよりは誰かが持っていてくれる方がマシだ。
でも、それがゼノンとは・・・。
「メグミ?」
後ろから呼ばれてビクッとする。
ロビンだった。
「まだ練習してたの?」
「ち、ちちち違うよ!散歩散歩!夜の風も気持ちいいからさ!」
フルートをなくしましたなんて、口が裂けても言えない。
「そうなんだ。でも、夜は冷えるからあんまり外に出ない方がいいよ?」
「う、うん。そうだね!あのさ、ロビン。その・・・ゼノンってどのあたりで生活してるか知ってる?」
「急にどうして?彼に用事でもあるの?」
「い、いや・・・。皆が危険だって言うから、間違って近づかないように場所を知っておこうかなーって」
「ゼノン、そんなに危険な奴じゃないと思うけど。彼の部屋は城の西側の塔の上にあるよ。一人で寂しがってるかもしれないから、そんなに警戒せずに時々遊びに行ってあげてよ」
「えぇ!?でも、レッテにはゼノンには関わるなって言われたんだけど・・・」
一体、どっちを信じればいいの?
「レッテにはレッテの、僕には僕の意見がある。一致しないことだって、そりゃあるさ。君は君の思うようにすればいい」
ロビンは懐中時計を見た。
「会議の時間だ。僕はもう行くよ。じゃあね」
相変わらず、忙しそうだ。
どちらの意見を聞くかはこの際関係ない。
ゼノンならフルートのことを知っているかもしれない。
どちらにしろ、会いに行かざるを得ないのだ。
「ちょっと恐いけど、行くだけ行ってみよう」
私は西へ、ゼノンの部屋を目指した。