『花のワルツ』を演奏し終わると、どこからかパチパチという音が聞こえてきた。
見上げると、いつのまにかロビンが上の客席で拍手していた。
「ロビン!いつからいたの!?」
「さっきからいたよ。綺麗な音が聞こえてきたから、ちょっと見物に。もっとも、演奏のほとんどを聞き逃しちゃったけどね」
ロビンは上の客席から飛び降り、華麗に着地した。
「あ・・・あの、勝手に入っちゃってごめんなさい。このフルートが壊れてないか確かめたくって」
「別に構わないよ。メグミはフルートが得意なんだね。あの素晴らしい音色からすると、全然壊れてなかったみたいで、良かったね、メグミ」
「うん!このフルート、私の命の次に大事なものだから、音が出なかったらどうしようかと思った」
ロビンは微笑んで、窓の方を見た。
「さて、これから僕は剣の稽古があるからまた行くよ。まだ演奏し足りなかったら、続けて」
忙しない人だ。
ゆっくり話したかったが、ロビンはそのままホールを出て行ってしまった。
「ふぅ。じゃあもう少しだけ。付き合ってくれる?ネコちゃ・・・」
黒ネコが座っていた客席に目をやったが、もうそこにネコの姿はなかった。
まったく、ネコは気まぐれな動物である。
「誰も聞いてくんないじゃ、ここで演奏する意味ないじゃん!・・・もう食べに行こう」
仕方なく、フルートを鞄に仕舞い込み、食堂へ向かった。
「一名入りまーーす!」
昨日と同じように、ウエイターが大声で叫び、メニューを渡してきた。
「ハムサンドとベーコンエッグをお願いします」
「あいよ」
昨夜食べ過ぎちゃったから、朝は軽いもので。
そして厨房に近いカウンター席で。
今朝はゼノンの姿がなかったので、座りたい放題だった。ラッキー♪
「はい、ハムサンドとエッグ、お待ちどうさま」
と、朝食を持ってきてくれたのはアリーだった。
「アリーさん!おはよう!」
「おはよう、メグミちゃん。昨日は大変だったね」
質問攻めに遭った件の事を言ってるんだ。
確かにアレは疲れた。
「皆が私に興味を持ってくれて、嬉しいよ。今日もアリーさんお手製の朝食食べて、活気つけるね!」
ひとたびサンドイッチに手をつけると、その美味しさで、全部食べきるまで手が止まらなかった。
アリーの料理は最高だ!
「おなかいっぱい!ご馳走様でした」
厨房で皿を洗いながら、アリーがカウンター越しに「お粗末さまでした」と嬉しそうに言った。
「あ、そうだ、アリーさん、聞きたい事があるんだけど」
「何だい?」
「このお城では誰か、黒いネコを飼ってたりする?」
無論、今朝の不思議なネコのことである。
アリーはすぐに答えた。
「カノンのことかな?ハトリック城にはネコは何匹もいるからね。黒いのはカノンだよ。姫様がネコ好きだから、使用人たちが世話してるのさ」
あの黒ネコ、お城のネコに間違いないんだ。
「カノンって、頭いいの?例えば、人間の言葉を理解できるとか・・・」
メグミが真顔で聞くので、アリーは笑ってしまった。
「面白い事を言うんだね!確かにカノンは妙にずる賢いところはあるけど、僕たちの言う事は分からないだろうな。分かってたら、一大事だ!」
「はは・・・そうだよね。ネコに人間の言葉がわかるわけないよね・・・」
お話の中だから、もしかしたらと思ったけど、この辺の設定はリアルだった。
今朝の事も、偶然だったのだろうか。
「ありがとう、ご馳走様、アリーさん」
私はアリーに手を振って、食堂を後にした。
「あの黒ネコちゃん、カノンっていう名前なんだ。カノンだから音楽が好きとか?・・・なわけないか」
またどこかで会えるといいなと思いながら、私は姫がネコ好きということを知って、少し気が合うかもと思った。
そう思うと、ますますこの城の姫に会いたくなった。
姫が出てくるまで待ってられない。
「ちょっとだけ、行ってみようかな」
見つけても、話ができる保証はないと知りつつ、私は姫の部屋を探す事にした。