次の日の朝、私はあの夢を見ることなく、気持ちよく目を覚ました。
現実世界に戻っているかもと淡い期待を込めて部屋を見回したが、相変わらずハトリックの一室にいるだけだった。
「ふぁぁー・・・。おはよう、レッテ・・・あれ?」
隣に声を掛けたが、レッテの姿はなかった。やはり早朝から仕事があったんだ。
テーブルに書置きがあったので、手にとって読んでみた。
“おはようメグミ。朝礼があるので先に起きました。お腹が空いたら昨日の食堂へ行ってください。テーブルにあなたの服を置いておいたので、好きに着て下さい。お昼には戻ります。―フィルラント・レッテ―”
中学校の制服が、綺麗にクリーニングされて置いてあった。
そして私の鞄も。
「あ、もしかして・・・ケータイ使えるかも!?」
そう思いついて、鞄から携帯を取り出してみた。
しかし、ウォータープルーフでなかったため、水に濡れて壊れてしまっていた。
「最悪だ・・・。でも、仮に電源入っても、繋がるわけないよね・・・。ぎゃっ!愛用のフルートも入ってたんだった!!あぁ、もう音出ないかも・・・」
慌ててフルートを取り出して、吹いてみようとした。
「こんな狭い部屋で吹いたら、迷惑だよね・・。どっか広い場所ないかなぁ」
とりあえず、顔を洗って着替えを済ませると、食事より先に広い場所を探すことに。
「レッテは昼まで帰ってこないし、ちょっと探検してみよっと」
こういうお城には大概、広い中庭があるものだ。
私はお城の中をじっくり見て回りながら中庭らしきところを探し回った。
「なんて広いの。迷子になりそう」
お城のいたるところに張り巡らされた色とりどりのステンドグラスが、朝日に透けて城の中を鮮やかに照らしていた。
こんな綺麗な光景、初めて見る。
「素敵。なーんか得した気分♪」
「ニャー・・・」
「ん?今、ネコの鳴き声がしたような・・・」
気のせいだろうか。
もう一度耳を澄ませてみる。
「ゴロロ・・・」
やっぱりネコの声だ!私は動物が大好きなので、さっそく声を掛けた。
「ネコちゃーん、どこにいるの?こっちにおいで」
「ニャー♪」
私の声に反応して、黒い猫が姿を見せた。
なかなか可愛らしい顔をしている。
愛嬌たっぷりに、私の足に擦り寄ってきた。
これだから動物って可愛い!
「よしよし、どこから来たの?このお城で飼われてるネコかな?だったらお城の事は詳しいはずだよね?」
ネコに聞いても、言葉が通じるわけはない。
私はネコの喉を撫でてやった。
「この笛の音を出しても誰にも迷惑にならない、広いところに行きたいんだけどなぁ」
私がそう言うと、その黒ネコはおもむろに私の前を歩き出した。
時々振り返ってニャーと鳴く。
付いて来いと言ってるみたい。
まさか、本当に私の言うことが分かったんだろうか。
半信半疑で私はそのネコの後に続いた。
行く先々で、使用人たちに出会った。皆朝から掃除・洗濯と忙しそうだ。
前を行く黒ネコのことは、皆気にも止めていないみたいだから、やはり城では良く知られているネコなんだろう。
暫く歩いたところで、やっとネコが立ち止まった。
一つの扉の前でニャーと鳴く。
「ここ?」
私は扉を開けてみた。
そこには演劇などで使われる大ホールが広がっている。
都会にある劇場のような広さだ。
「わぁ、すごい!ネコちゃん、賢いね。ありがとう」
私は早速、ステージの真ん中に立った。
黒ネコは私がこれから何をするのか、興味心身で客席に座った。
「ちゃんと、鳴るかな?」
フルートの空気穴に口をあて、いつものように吹いてみた。
すると、なぜか練習のときより綺麗な音がでてくる。
私は驚いて、フルートを口から離した。
「壊れてない。むしろ、よくなってる??大きいホールだから、音の通りがいいのかも」
私は気分がよくなって、練習していた『花のワルツ』を吹きはじめた。
美しい音色が、大ホールに響き渡る。
唯一のお客さんである黒ネコも、その旋律にうっとりしている。
まさか自分がこんな形でソロ演奏ができるなんて、夢にも思わなかった。
私は曲が終わるまでの間、この喜びに浸っていた。