暗い森の中、私の周りで何かがざわめている感じがした。
何かが私を狙っている。直感的にそう思った。
・・・早く明るいところに出なきゃ。
遠くに見える明るみに向かって走り出す。
すると、ざわめきが一層大きくなっていく気がした。
「もう少し・・・」
明かりはもう、すぐそこに見えていた。
しかし、急に目の前が真っ暗になり、私はびっくりして急ブレーキをかけた。
私の行く手を遮るように、黒い影が現れたのだ。
それは、夢の中で王子と戦っていた黒い何かに似ていた。
「きゃあああ!何、こいつ!」
よく見ると、そいつには顔があり、長い真っ黒な髪の毛の隙間から、怪しく光る赤い目が私を見下ろしていた。
口元には鋭い牙のようなものがあり、両手のツメは長く尖っていた。
その様相は、人間ではない。
逃げようとしたが、腰が抜けて動けなかった。
「愚かな娘よ・・・。自ら我々魔族の域に立ち入るとは・・・」
魔族と名乗るそいつは、私に手を伸ばしてきた。
私は咄嗟にその手を振り払ったが、長いツメが私の手の甲に当たり、怪我をしてしまった。
「痛・・・・!」
傷口から血がにじんできた。
早く逃げなきゃ、いつまでもへたり込んでいては、何されるか分かったもんじゃない!
恐怖心で言うことを聞かない足を必死に動かして後ずさったが、私の手の甲の傷を見るなり、その黒い魔族は意外な反応を見せた。
「娘、その血の色・・・もしや魔族か?」
「へ??」
拍子抜けする私を尻目に、黒い魔族は一人で勝手に納得し始めた。
「おかしいと思ったのだ。ハトリックの民が、しかもこんな娘が一人で我が領域に足を踏み入れるはずなどないではないか」
どういうことだろう・・・。血が赤いのは皆同じで、普通のことなのに。
私が、魔族??
「あ、あのぉー・・・・」
魔族は私に向き直ると、
「我が名はルーク。悪かった。お前のような珍しい容姿の仲間を見るのは初めてだったのだ」
と言って、手を差し伸べてきた。
その様子から、もう敵意は感じられない。
思わぬ展開に戸惑いながらも、恐る恐る、私はその手を掴んだ。
「ひゃっ!冷たい・・・」
魔族の手の冷たさに、鳥肌が立ってしまった。逆に向こうは私の手の暖かさに驚いているようだった。
「魔族の中に、お前のような体温を持つ仲間がいたとは・・・」
「わ、私こそ、あなたのような冷たい仲間がいたなんて驚きだよ!あはは!」
今、怪しまれると確実にヤバい。私は話をあわせようと必死に取り繕った。
「えっと、私あのお城のある孤島に行きたいんだけど、どうすれば行けるか知ってる?」
私が訪ねると、ルークは渋い顔になった。何かマズイことでも聞いてしまったんだろうか。
「あそこにハトリックの者どもがいる限り、我々魔族は近づくことすらできん。奴らは我々を忌み嫌い、恐れているからだ。わかっているだろう?」
そんなこと言われても。ハトリックすら知らない。
だけど私は知っているフリをして頷いた。
やはりどうやっても、あのお城には行けないのか。
「しかし、お前のような容姿なら或いは・・・いや、パルバンがお前の正体を容易に見破ってしまうだろうな・・・」
「パルバン?」
「城の兵隊が飼っている魔族避けの水竜の名だ。厄介な奴だ。我々が少しでも城に近づこうものなら、すぐに匂いを嗅ぎつけてやってくる。お前、姿かたちはハトリックの民に似ているが、臭いまではさすがに誤魔化しきれまい」
ドオオオオン・・・・ゴォォォ・・・・!
突如として、轟音が鳴り響き、地面が小刻みに揺れた。
湖の方から聞こえてくる。ルークの表情が強張った。
「あぁ。もぅ気付かれてしまったらしい。お前も早く逃げることだな。また会おう」
私が聞く間もなく、ルークは黒い煙と共に姿を消してしまった。
跡に残された私はわけが分からずその場に立ち尽くした。
湖から大きな竜が現れ、呆気に取られている私を、一瞬のうちに飲み込んでしまった。