宮室の昼下がり。

 

白猫のエリザベスとともに、アメリアは一生懸命、ハトリックの歴史にまつわる『勉強』をしていた。

 

ロビンは転生を繰り返す。

 

長い歴史の中、初代王に確かにロビンの名があった。

 

それ以降は『王』という立場でこそないが、魔族との戦闘に関わる人物の中には必ずと言っていいほど『ロビン』の名が刻まれていた。

 

どうして今までしっかり学んでこなかったのか。自分を恥じた。

 

「魔族に携わる人間はたくさんいるけれど、こんなにも明確に文献に載っているのに気づかなかったなんて。あたくしは姫として失格ですわね」

 

「ニャアゴ」

 

答えるかのようにエリザベスが鳴いた。

 

―コンコンッ―

 

部屋のドアをノックする音。

 

一人で退屈していた姫は、来客に喜んで「はぁい!」と返事をしながらドアを開けた。

 

そこには、いささか緊張気味の面持ちでエルーシオが立っていた。

 

「あら、エルーシオ!今日は鎧姿ではないのね。そういえば、久々のお休みの日じゃなくって?今日くらいあたくしの護衛は他の者に任せて、ゆっくり体を休めてもいいんですのよ?」

 

「姫、今日は大事なお話があって伺ったのです」

 

エルーシオは確かめるように部屋の中を見回した。

 

「・・・今日はシルフィもいないみたいですね。お一人ですか?」

 

「えぇ。皆仕事に出ていて、あたくしは勉強を。今、お茶を淹れますわね」

 

給湯室に向かおうとする姫の手をエルーシオが優しく掴む。

 

「姫、お茶は要りません。ここで話を聞いてください」

 

いつになく真剣な表情。

 

姫を掴む手は少し震えている。

 

「エルーシオ・・・?」

 

「俺は今までアメリア様の護衛としてお傍でお守りしてきました。けれどこれからは、俺にはそれができそうもありません」

 

「・・・!?なぜですの?あなたは立派に職務を全うされましたわ。それは上からの命令ですの!?」

 

エルーシオは首を横に振った。

 

「違います。俺が決めたことです。今まで黙っていましたが、俺はあなたを、“仕事上の守るべき人”ではなく“一人の女性”としてお慕いしているのです」

 

「え・・・」

 

エルーシオは、姫へ、自分が心に秘めていた思いの丈を包み隠さず伝えた。

 

苦しかった。

 

こんなにも想いは溢れているのにそれを口にすることはできず、あくまで護衛隊長として気持ちを押さえ込んで接することしかできなかった日々。

 

想いを打ち明けることで、姫の傍にはいられなくなるかもしれない。

 

それでも、今までの辛い日々を思えばその方がマシだ。

 

エルーシオは一世一代の大勝負に出た後、恐る恐る、姫の顔を見た。

 

姫は・・・涙を流していた。

 

「アメリア様・・・!すいません。いきなりこんなことを・・・。驚かれましたか?怖かったですか?」

 

オロオロするエルーシオの手を姫がぎゅっと握った。

 

「アメリア様・・・」

 

「エルーシオがこんなに苦しんでいたなんて知らなくて。あたくしは愚かでしたわ。本当は、あなたがあたくしに向けている感情に、薄々は気づいていましたわ。でも、あなたは大人だから割り切って仕事をしているとばかり・・・」

 

「き、気づかれていたのですか」

 

「えぇ。これだけ一緒にいれば、あなたがあたくしに向ける好意も感じ取れるようになるものですわ。あたくしはあなたにずっと甘えてきた。このまま気づかないフリをしていればずっと傍で守ってもらえると、今までの関係を続けていられると考えていた」

 

姫は握った手に力を込めた。

 

「あなたはあたくしにとって、今までもこれからも変わらずとても大切な存在。幸せになってほしいと心から願っていますわ。けれど、あたくしは・・・あたくしが異性として愛しているのは・・・」

 

エルーシオはここで姫を制した。

 

その先の言葉は分かっている。

 

エルーシオ自身も、玉砕覚悟でここに来たのだから。

 

「皆まで言わずとも、俺にだって姫の想い人のことは分かっていますよ。俺はただ、自分の気持ちをあなたに知ってほしかっただけです。これでスッキリしました。ありがとうございます」

 

「気持ちに答えられなくて、ごめんなさい。エルーシオ・・・。もう、あたくしの護衛をやめてしまうんですの?」

 

「そのつもりです。俺の好意を完全に知られたまま護衛を続けても、お互いに気まずくなってしまう。そう思いませんか?」

 

「あたくしとあなたがこれまで培ってきた関係が、そんなに簡単に崩れてしまうと思っているんですの?」

 

「俺があなたにこんな感情さえ抱かなければ、何も恐れることはなかったのです。けれど俺はアメリア様を好きになったことを後悔はしていません。すべてが俺のわがまま。どうかお許し下さい。」

 

部屋から出て行こうとするエルーシオの背中に、姫が呼びかける。

 

「あたくしは恋愛感情うんぬんではなく、あなたとは強い絆で結ばれていると思っていますわ。エルーシオ。あなたさえその気になれば、いつでもあたくしの護衛として戻ってきて」

 

部屋のドアが閉まる直前、エルーシオが小さく頷いたように見えた。

 

護衛という立場でありながら、姫である自分に想いを直接伝えるなんて、相当な勇気と覚悟を持っていたはず。

 

姫は敬意を表するように涙を拭った。

 

 

 

 

 

「やはり、ロビン様には敵わなかったか。しかしこれで姫から正式にフラれることができた。考えようによっては、これで良かったのかも知れない。俺には王の荷は重すぎるからな・・・」

 

エルーシオは苦笑して、押さえ込んでいたものを一気に解放できた喜びと、予想通りに玉砕した悲しみを同時に噛み締めたのだった。