小学校でよく歌われる『一年生になったら』小学校のうちに100人友達を作ろうって歌だが、ぶっちゃけ100人なんて友達はできないだろう。

社会人になって、5人友達がいたら良いと思っている。数合わせの友達は、結局のところ互いに良い影響を与えたりはしない。


まあ、最近になって思ったんだが、友達を作ろうとしてる時点で間違っている。言葉が違うか、仲間ということにしよう。

仲間は一緒にいた結果、洗練されて人が減り、家族のようになっていく。疑わない。



友情っていうのは、疑わないってことだろう。嘘つかれても、疑わないで考えられると仲間なのかな。

ああ、何人いるかな。
キレイな人。可愛い人。みなさんは、誰を思い浮かべるだろう?

それは人それぞれだから別にいいとして、舞台に必要な女性の美しさについて考えてみる。

芝居を創るとき、こんな舞台女優がいたらとよく考える。そして、色々な芝居を見て舞台映えする女優には何かあるような気がした。


自分が大学でよく言うのは、『佐々木希』だ。彼女はキレイな人である。ぶっちゃけ彼女よりキレイな人を日本で探すのは至難を極める。でも、舞台だったらどうだろう。彼女は完璧過ぎるのだ。

舞台は基本的に常にハッピーではない。少なくとも、芝居中は不幸だったり、貧乏だったりするのだ。佐々木希には不幸は似合わない。どんなに彼女が不幸でも、終わったらキレイなマンションに帰ってでっかいテレビを見る。

ドラマだと最悪見れる。まあ見れないが、舞台よりはマシである。それは、ウソが二枚か一枚かの差だろう。

基本的に女性はみんな可愛い。ただ、可愛いというのを押しつけている女優は多い。私は、『そんなことより面白い方が良くない?』って人が好きだ。可愛いキメ顔より、自分が可愛く見せられる場所を見つける人がいい。

吉高由里子とか指原莉乃とかっていいですね。ああいう人が劇団にいたら楽しいんだろうな。演劇やってる女優さんは素敵です。

それについてはまた今度(笑)
今日、抜歯した部分から血が止まらず朝から血まみれっていう最悪の目覚め。

そして、やや落ち着いてきた地震も自分がこっちに来た途端、頑張り始めるし。

そんなこんなで、ごきげんようを見ていたら石田純一の名言。これは、立川談志も言っていた。

『人は二通り。やらない理由を探すもの。やれる方法を探るもの。』

伊集院光が、落語家だった時に立川談志の落語を見て自分に才能がないって思った。だから落語家をやめたという言葉に立川談志が、『ちょうど良かったじゃねえか。いい理由が見つかって。』

やめることは決めてた。その、自分が一番傷付かないちょうど良い理由を探しているんだと思う。


私は、社会人になる。でも、演劇を続ける方法を探している。

うちの主宰が演劇をやめるかもしれないと言っていた。こっちから見れば演劇以外に多分仕事できないんじゃないかなって思うんだが…

まあ、それほど考えた理由だから俺達はなにもいうことはないだろう。ただ、作品から離れれば演劇の楽しさは感じられない。

演劇における顧客は、決してお客さんだけではない。お金と労力を払っている自分も立派な顧客だ。まず、自分を満足させたい。話はそれからだろう。
あっ、これは『もしドラ』の影響です。


演劇やめる理由よりも続ける方法を探ってほしいな。