「セッション」という言葉は、もともと誰かがつくった型でした。
使われ続けるうちに、誰もが知る言葉になっていった。
私自身が自分のサービスを創り出すときに
「セッション」という言葉はどうしてもピンとこなかった。
何度か作ってみたけれど
やっぱりしっくりこなくて、その波動やエネルギーが
告知をする際にも伝わっていたのだとも思う。
この違和感は大切にしたいと思って、しばらく放っておいた。
おそらく、多分だけれど、相手との対等、フラットな関係性を
深層心理の部分で望んでいたのだと思う。
わたしは、自分の時間に、自分の言葉を使うことにしました。
「見立て」は、もともと日本語にあった言葉です。
それを、この時間の名前として使うことにしました。
借り物の服ではなく、自分で仕立てた服のようなもの。
答えを渡す時間ではありません。
話しているうちに、頭の中で絡まっていたものが、少しずつほどけていく。
もともとそこにあった輪郭が、見えてくる。そういう時間です。
疲れたり、イライラしたり、感情的になりやすいのは、
あなたのせいではありません。
今後、お届けしたい内容は、随時更新していきます。
