最近神社を回っているのですが、なぜ祖先が神社を拝んでいたのかを考えることがあります。北海道は明治に入ってから開拓されたので、町ごとに守り神である神社があります。先祖たちは開拓されていない自然と戦いながら生活をしていたので、神社には、疫病が流行らないようにとか、農作物の実りが豊かでありますようにとか必要最低限のことを願っていたのですね。家族が無事1年過ごせますようにとかなんですよね。そしてその祈りが通じて子孫である我々が豊かな生活を送れているのです。祖先や神様には感謝しかないはずなのです。
でも、現代人は政府のせいで生活が貧困しているとか、メディアなども煽る報道しかしていません。現代人は先祖から見たら悲しい姿でしかないでしょう。子孫は先祖よりも豊かな生活をしているのに努力や工夫もせず不平不満ばかり言っていたら、先祖も頑張った甲斐がないでしょう。
皆さんが生活が苦しいと言うのは、給料が安くて欲しい生活が手に入らない程度でしょう。先祖は働かなければ死ぬしかないそんな状況で開拓してきたのです。開拓を名乗り出た以上誰も助けてはくれないのです。文句を言ったところで食べていけなくて死んでしまうだけです。そんな困難を乗り越えて僕らの豊かな生活を作ってくれたのに僕らが何もせず不満を言ってどうする。こんなことしてたら本当に世界が終わってしまいますよ。
大きなことをすることはないので、僕はおみくじの裏側に書いてある神様の言葉を守って生きていくことにしました。人間は大したことはできないけど、感謝の気持ちと困難は工夫で乗り切るこれを忘れてはいけないと思いました。