合宿行って来ました。
引率のSさんがとってもいい人だった。
でも引率のSさんの講評がありがたかった。
世の中は保守的になったと人は言う。
若者はSAPIOを読み、正論が論壇をリードし、政府を積極的に評価することが「バランス」であり知的であるかの風潮が蔓延する。
しかし、「政府を積極的に評価することが「バランス」であり知的であるかの風潮」は保守ではない。そもそも、世の風潮なるものが保守であるはずがない。保守とは権力へ妥協なく反省を要求する思想である。政府が、北朝鮮の拉致を無視し被害者救出のための努力を放棄し平壌に米を送った時、自民党本部前で抗議の座り込みをし、予算委員会で与党議員からの罵声の中、政府に拉致被害者救出の努力の怠りを厳しく時の最高権力者に糾し闘ったのが保守であったはずだ。保守とは権力に対しもっとも厳しい思想のはずだ。そして、いまでもそうなのだと保守なるものの価値観に最高の敬意と共感を持っている私は思っている。
体制に迎合し、知的を気取り、権力への監視と言う危険で難しい義務から逃れようとするものに保守を名乗る資格などない。保守は、個人と国家の自立を求める思想だ。個人が国家に迎合する奴隷主義とは全く違う。拉致問題における保守が何故に輝いているのか。彼らは、最も弱いものの味方だからだ。自国の政府や世論から見離された韓国の拉致被害者の為に、彼らは共に闘ってきた。90年代の末、米紙ワシントンポストに拉致問題解決を訴える広告を出した時、彼らは韓国の被害者の救出も訴えた。かれらは、もっとも弱き立場にいる、政治権力に見捨てられた異国の被害者達を見捨てなかった。自分たちさえも、自国の政治権力からの必要な支援をえていなかったにも関わらず。
いささか、ヒートアップしてしまった。
合宿で抑えてたんで。