とっても前回の文章評判悪かったです。 でも気にせず今日も書きます。


皆さんメンドクても読んでください。お願いします。あと、コメントくださったお二人本当にありがとうございました。 今日は、学校行って勉強して飯食って帰宅。あと、今日から修学館が使えなくなりました。研究棟だから、自習しちゃいかんそうです。ノースさんおこってました。


僕も、悲しいです。 今日は、朝学校までバスで行きました。何時もは自転車ですが、昨日ノースさんの愛車でご飯食べに行ってそのまま車で家まで送ってもらったんで自転車学校にオキッパでしたので。我が家からバス停まで歩いていって、バスに揺られながら京都の町並みをボーっと見てました。


途中で、建勲神社や金閣寺、大徳寺と大きなお寺が沢山ありました。

古都なんで当たり前とも言えますが、これは昔の首都=政治の中心で如何に宗教が大きな役割を担ってたかということの証明なのではないかと思いました。


勿論、東京にも徳川将軍家の菩提寺の上野寛永寺など大きなお寺もあります。しかし、京都に比べれば少ないでしょう。


逆に、大企業の本社が軒を連ねています。勝村先生のお話では70年代以降急激に東京への企業の本社集中が進んだとのことです。それまでは、「天下の台所」として秀吉の時代から江戸期を経て日本の流通経済の中心として栄えた大阪が経済の中心であったわけです。


古都・京都の寺の多さが中世日本における政治と宗教の関係の深さを表わすように、高度成長期以降の東京への企業本社機能の集中は、戦後日本の政治と経済の関係の深さを表わすものと言えるのではないでしょうか。


政治と経済が東京に集中し、全てが東京を中心に動くようになった日本。東京一極集中を批判する声も積極的に肯定する声もあります。

石原都知事は、経済の中心の大手町、中央省庁(行政機能)の集まる霞ヶ関、国会があり政治の中心地の永田町が東京の一箇所に集中していることはむしろ合理的だとして肯定的に捉えています。

逆に、経済界と行政機能(お役人)と政治がトライアングルを組んで動くシステムそのものがよくない、政治と行政機能を東京から離して、分権的な国造りが必要という議論もあります。


僕は、後者の意見に近いです。TV番組(関西は独自ローカルが強くていいですが)も新聞も東京で作り全国皆一緒で、就活する先は全部東京でどんどん地方が寂れていき、日本中の町並も東京の役所が全国一律の基準を作り金太郎飴のように一様というこの国の姿は美しくありません。


首都を東京から離すのは難しいですが、経済機能を地方の幾つかの拠点に分け多元的な国の形にしていく方法があればいいなあと思います。なかなか、難しいでしょうが。 江戸期の、日本の国の形は多元的でなかなか面白いものだったようです。


これは、榊原英資(元大蔵財務官、ミスター円の異名を持つ)が言ってたんですが、当時日本はある種の三権分立ができていたそうです。つまり、政治の中心「江戸」、経済の中心「大阪」、文化の中心「京都」という三大都市が栄え多元的な国の形をしていたということです。


そして、政治を司る江戸の将軍家、経済を担う大坂の商人(商人といっても大名家にお金を貸したり、そのお金を返せない小規模な大名家に自家の次男三男を養子として送り込むほど有力な商人までいた)たち、そして文化を守る京の天皇家や貴族達が互いに独立していてある種の緊張関係でもあったようです。


江戸期の日本はとても分権的な社会であったわけです。 この国の形が、より多元的な、例えば地方ごとに大きな企業の拠点があり、多くの人が必ずしも東京に行かなくても色んなチャレンジの出来る国にこの国を造り変えることは出来ないのでしょうか。


TVも東京発の番組ばかりでなく、地方ブロックごとに関西以外の地域も独自の番組が作られ、日本の中に幾つもの個性溢れる経済圏、文化圏を造ることができれば素晴らしいと思います。


私には、その有効な方法はまだわかりません。しかし、少なくともそういった形の国の形を目指すべと信じます。

最後まで読んで下さった方、もしいらっしゃったら本当にありがとうございます。