今日、ノースさんとくらずし行きました。わりとうまいと感じました。でも、結構パチモンな気がします。つぶ貝がけっしてつぶ貝ではない気がしました。でも、よかったです。そんなこと気にしなければいいわけで。美味しかったです。本当に、また行こうねノースさん。
特に書くこともないですが、せっかく初めてなんで出来るだけいろいろ書きます。今日、作文の練習して「事故」って題で書いたんですが、尼崎の列車事故思い出しました。
もう、一年近く前の話。あの時は、正直ショックだった。ニュース立命が号外配ってたが、なんとも言えず悲しい気持ちになった。事故という、それも列車という最も安全なはずの公共交通機関での事故というのが途轍もなく理不尽に思えた。僕は、友人らと実際に事故直後の土日に現地を見てきた。その後、お師匠さんのお供でも行ったんで二度現場を見た。現場ではJRの人が献花台に花を手向ける全ての人に最敬礼でお辞儀してた。遺族でもない僕に頭を下げる決して若くはないJR関係者が可哀想にも思えた。JRに会社としての責任もあるだろうが、大きな会社の一会社員がその為にあそこまで頭を下げなければいけないのかと思うと宮仕えの虚しさを感じる。この社員にも小さくはないお子さんがいるだろうにとも思った。自然と軽く会釈を返した。あるコラムニストは事故直後現場で笑い顔を浮かべるJR西の社員を撮って批判をしていた。確かに、あの大惨事のあと笑顔を浮かべるのはけしからん。しかし、社員皆がそうというわけではないだろう。あの時はいい写真(絵)を撮ってきたなあと感心したものだが、今はそのコラムニストのやったことを賞賛する気はしない。当時のJR西へのバッシングは正直異常であったと思う。
現地を見た後、少しこの事故について調べた。当時報道はJR西の安全投資の怠りを指摘していた。しかし、実際には経常利益分の安全投資で比べてみるとむしろJR西は安全投資に積極的であった。客観的なデータで見て可也無理な指摘をメディアはしていたのではないだろうか。勿論、結果として事故を起こしたJR西は責任は重大であり100人以上の犠牲者を出し償いきれない過ちを犯した。しかし、それは、この会社が特に悪かったからからなのか。私は、むしろどの会社でも起こりうるリスクがが顕在化したのではないかと思っている。勿論、私は素人であり事故の原因を判断する能力はない。事故の原因は事故調査委員会の最終報告を待たねばならない。しかし、事故調の中間報告は 「事故列車の高見隆二郎運転士=死亡当時(23)=の異常な運転経緯を詳述。」
(共同通信http://topics.kyodo.co.jp/feature06/archives/2005/09/post_292.html )している。事故直後、ヒューマンエラーという問題についての議論もあったがどちらかというとJR西へのバッシングが中心だったように思える。運転士自身の問題は亡くなっていたこともあり控えられていた。しかし、そこに事故の原因の真実があるのなら冷静に議論を進めるべきだ。そして、社会としてヒューマンエラーのリスクを理解すべきであろう。時の流れとともに、あの事故の記憶は薄れてきている。僕も今日まで忘れていた。そして、事故調の最終報告までには更に時間がかかる。しかし、最終報告が出た時改めてあの惨事の原因を議論すべきだ。でなかったらあの惨事でJR西日本という会社をバッシングをするためのサンドバックにしたに過ぎなかったことになってしまう。あの惨事を無駄にしないために、更に慎重で十分な事故原因の究明が求められる。