長野には、木のガードレールがあります。
去年、大学で田中康夫講演会でそれを聞きどうしても見たくて伊那まで行きました。

触ってみるとなんとも言えない、温もりでした。
いつか、日本中の山道にこんなガードレールが備えられる時代が来るのではと想像しました。

小さな頃、我が家の初詣は金時神社でした。車で箱根の山道を通ると排気ガスで汚れた黒く汚れたガードレールが目に付きました。美しい箱根の山々を台無しにするくらい醜く見えました。幼心に、何とかならないものかと悲しく思いました。

田中康夫は、長野で幼い頃の私が半分諦めかけたガードレールを、木製の美しいガードレールに変えて見せたのです。明学館の講堂で満員の聴衆相手に語った田中の言葉に僕は感動しました。美しい国土を、この人は守ろうとしていると思った。

汚れた土建行政による公共事業。汚れた土建行政は、談合により事業の単価を釣り上げ、国と地方の財政を苦しめた。しかし、それだけではない。この国のあらゆる河川をコンクリートで固め、ダムを造り、美しき日本の情景を破壊した。

田中の挑戦は、その美しき日本の情景の再生にあったのではないだろうか。アレックス・カーの「美しき日本の残像」。異国の人に「残像」と言われるほどこの国の美しき情景は失われていることを、田中は誰よりも危機感をもっていたんでないだろうか。

国土の美しき情景を守ることは「保守」の価値ではないのか。
土建行政を推し進め、国土を破壊し続けたこの国の「保守政治」に保守を名乗る資格はない。