我が名は“ワイズマン”
ブランド業界を盛上げるべく日々努力!!!
CHANEL創始者であるガブリエル・ボヌール・シャネル
(愛称であった『coco』と呼ぶ事にしましょう)については
すでにお話しましたね
今日は帽子店「シャネル・モード」が
従業社員4000人まで達した「CHANEL」の物語を紹介しましょう
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
1909年
マルゼルブ大通り160番地で帽子のアトリエを開業
1910年
アトリエの評判が良くパリ・カンボン通り21番地に移転
帽子店「シャネル・モード」を開店
オペラの舞台でcocoの帽子が使われ話題になる
1914年
帽子だけでなく婦人服のデザインを始め
リゾート地ドーヴィルに「ガブリエル・シャネル」を開店
コルセットからの解放など女性たちが日常で着やすい服を提案する
1916年
ビアリッツにクチュールのみの店を開く
帽子店であった「シャネル・モード」もオートクチュールに変え
cocoはオートクチュールのデザイナーとしてデビューする
この年にシャネル・オートクチュール・コレクションを発表
安くてシンプルなジャージ素材を取入れたドレスが話題となる
1921年
本店を同じカンボン通りの31番地に移転し香水「No.5」を発売
数字の5に縁起を担ぎ発売日は5月5日であった
ちなみにこの「No.5」とは試作品番号である
1928年
ツイードスーツを発表
1929年
ショルダーバックを提案
1935年
従業員数が400人に達する
1939年
第二次世界大戦の勃発とともに香水・アクセサリー部門を残し店を閉鎖
1954年
スイスへ移住していたcocoはパリへ戻り
オートクチュールコレクションを再開
1956年
チェーンベルト・チェーンネックレス・ブローチがスーツとともに大流行
1957年
黒×ベージュの靴やキルティング素材のハンドバックを発表
1970年
香水「No.19」を発表
1971年
cocoの死後はカール・ラガーフェルドがデザイナーに就任
彼女のスタイルを守りながら流行も取入れCHANELを提案し
ブランドとしての再興を果した
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
小さなアトリエから世界大戦を二度も乗越え
従業員数400人にまで大きく成長したCHANEL
cocoは言いました
『みんな、私の着ているものを見てわらったわ。
でもそれが成功の鍵。
みんなと同じ格好をしなかったからよ。』
オークションワイズ|ブランド古物市場
オークションワイズ|アパレル古物市場