・"悲しい" を体感しまくる

涙やら鼻水やら、、、今まで生きてきて こんなに身体の中の水分がなくなったことって ないわっ!ってくらい めっちゃ泣いた。
立っていて泣いて 立っていられなくて ペチャンと座って泣いて 座ってもいられなくなって その場で バタンと倒れて泣いて じっとしていられなくなって ゴロゴロ転がって泣いて、、、
とにかくホント 毎日 よく泣いてたー。

家中のなにを見ても どこを見ても そらちゃんのことを思い出す。
可愛かったふわふわの身体を探す。
楽しかったおしゃべりやお歌を探す。

ひとりぼっちの部屋で 写真や動画を見ると 確かに存在して「いた」 目に見えて「いた」 聞こえて「いた」のに。
今は その全てが「ない」 ということが強調され 余計辛さが増して 見ることもできない。(これは今でも)

でも どんなに苦しくても 悲しくても どんなに泣いても叫いても ゴロゴロ転がってジタバタしても あの、"水色の小鳥さん"  としてのそらちゃんは もう 戻ってはこない。
なによりも大切だったそらちゃんのいなくなった時間の中で 自分はこれからも 歩を進めて行かなければならない。
なんて生き地獄なんだろうと思った。

目の前で亡くなり 埋葬も済ませ 毎日変わらず ゴハンやお水、好きだったものをお供えしているので 頭では 理解しているのだけれど 心がついて行けてない。
理解することを拒否してる感じなのかな?
”頭と心と身体と魂" が バラバラだから バランスが取れなくて辛かったのだと思います。

続きます。

私は決して霊能力がある訳でも アニマルコミュニケーターでも 何かの専門家でもありません。
大好きな動物さんを天へ還した 普通の主婦です。
ただ 同じような境遇の方の なにかのきっかけになれたら。。。と思い書いています。
なのでもしも 配慮が足らず 私の書く内容でご気分を害されたり 辛さが増してしまったりされる事がありましたら 申し訳ありません。。。