■勝汰章の著作刊行本


 「笑顔になるための246のことば」

  悲しみを乗り越える時に・・・

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そして、10分後に、面白い結果が出たのだ。


各チームの代表に文を読んでもらった。

全てのチームに共通していることは、そんな世界には行きたくないし、どんな世界だろうとしても今は行きたくないという文なのだ。

つまり、推測することさえしたくないという気持の現れであろう。

中には、ディズニーランドならいいとか、美味しい料理がいっぱいある世界ならいいとかというものもあったが、大半は、行きたくないというものだ。

子供ながらも、死の国というものは、興味があることに違いないのだが、できるなら行きたくないという結果が出た。

「皆さんの考えは分かりました。今は行きたくないということですね、でも必ずいつかは行かないといけない。行く時は、病気で行くか、何かの事故で行くか、自然に行くかの3つしかないのです。自然というのは、もうそろそろこっちの世界に空き部屋ができたからいいですよという神様の招待です。自分勝手に行ったなら、どうなるかというと、空き部屋はないし、誰からも挨拶もしてくれないし、何年、何十年も立ったままで空き部屋が出るまで待たないといけないという世界なのです。誰も相手にしてくれない世界でずっと待つのだそうです。これは、お寺の住職になったら自然と分かることです」と言う。

お寺の住職しか死の世界は分からないという何とも不思議な話であるが、子供たちは一生懸命に聞いている。

子供ながらに面白い話ということであろうか。

「つまり、勝手に死んだりしたら、今よりも辛い世界でひとりぼっちになってしまうのですよ、これが死の世界ということです、あなたのことを愛しているお父さんやお母さんの許可なく行ったりしたら、更に辛い世界だということは分かりましたか・・・」と子供の顔を見渡しながら聞いている。

半数以上の子供たちが、大きな声で、はいと答えた。

「よい返事です。どんなに辛いことがあっても、勝手に行ってはいけない世界なのですから、よく考えて下さい。誰かを悲しませて死の世界に行くということは、自分が一番惨めで、辛い経験を必ずするということです。人は誰でも時期が来たなら必ず死にます。その時に行くことが一番幸せになれるし、あなたの愛している人も最高に嬉しいのです。死の世界というものは、死に方で決まってしまうのですよ」と諭すように話しかけている。

子供たちがどこまで理解したかは分からないが、命という大切なものを語るのではなくて、死というものは、どういうことなのかということを教えているのだろう。

大人にとっては、そんなバカなという感覚であるが、小学生ならこのような話が理解しやすいのかもしれない。

住職は「あなたの命は、あなたのものであっても、あなたのものではない。あなたのことを愛している人がいる限りは、あなただけのものではない。愛してくれている人の命と一緒なのです。あなたが、勝手に死んだりしたら、愛している人の命も奪ってしまったことになるのです。勝手に死ぬということは、そういうことなのです。」と少し強い口調で話した。

私は、これを伝えたかったのだと思った。そのために死の世界という複線を張りながら話していたのだと思った。

よくいう、命は大切なものという言葉は、耳にタコができるほど聞いている。

当たり前なのである。しかし、自殺はいけないとかと言っても、今いる状況から抜け出したいと思う子供にとっては、馬の耳に念仏なのかもしれない。

このような話のほうが、理解して納得できるかもしれないと思った。

あなたの命は、あなたのことを愛している人がいる限り、あなただけのものではない。

勝手に死ぬということは、あなたを愛している人の命も奪うものなのだ。

私も、完全に納得してしまった。

この、住職はいいことを言うではないか、裕子ちゃんのお父さんは大したものだ。酒好きで、いいかげんな人だと息子は言っていたが、どうしてどうして素晴らしい人ではないか。

さらに、住職は続けた「あなたの大事にしている、犬や猫が死んだらどう思いますか。とても悲しいでしょう。中には新しい犬や猫を買う人もいるでしょう。でも、あなたの一番好きだったものは最初のものだったはずですよね。2番目に買った同じ種類のものとは違いませんか。生き物には、完全に同じものは存在しません。あなたの替わりは、どこを探してもないのです。あなたのことを愛している人は、今のあなた、将来のあなたのことを心から愛しているのです。何度も言いますが、あなたが勝手に死ぬということは、愛してくれている人の命も勝手に奪っていることを心に留めておいて下さい。そして、どんなことでもいてです、僕に相談して下さい。僕は、いつでもお寺にいます。あなたのためにお寺にいます・・・」と言って、少し涙を流していた。

その涙が、子供たちの心に届いたようだ。何人かの子供の目も赤くなっている。

保護者の中にも、ハンカチで目頭をぬぐっている人もいる。

簡単な話だが、何か心に響くものがある。

この住職も、過去に何らかの経験をしたのかもしれない。その経験が言葉となって、溢れているように感じた。

と、保護者から大きな拍手が起こった。子供たちよりも保護者のほうが感動している。

子供に話す時は、難しいことは要らない。親として経験したりしたことを素直に伝えればいいのではないか。

人の言葉の受け売りは必要ない。親として愛しているということを素直に伝えればいいのだ。

教室の中は、大きな拍手が続いた。担任の先生も泣いている。

子供と、先生と、保護者が一体となった瞬間だと思う。

住職は、少し照れながら、娘の裕子ちゃんのところに行き、軽く肩を抱いた。

裕子ちゃんも感動したのであろう。大粒の涙を流している。自分のお父さんは素晴らしい人なんだと自覚したに違いない。

人の心をうつ言葉は、華美であることは必要ない。自分の素直な気持を伝えるだけでいい。

私も、久しぶりに心が洗われた経験をした。

人生ちょっとの、さじかげん

前編終わり