これから、何日か入院になるだろう。それよりも完治するのだろうか。虫垂炎だから問題はないだろうと思った。

少しして、だんなの目が開いた。自分がどこにいて何があったのかということを自覚したようだ。

明日は、一度家に戻って、着替えなどを持ってこないといけない。

それに、だんなの実家にも連絡していないし、私の実家にも連絡していないことに気付いて、1階の公衆電話まで行って話しておいた。皆驚いていたが、命には別状がないということで安心したようであった。

その夜は、寝付かれない長い夜になった。息子も、何か興奮していたようで、熟睡していないと感じた。

しかし、息子の学校のいじめについてお寺の住職さんの話をしていた時に、だんなが救急車で運ばれたという何か因縁めいた感じがしたのも事実である。

一歩、間違っていたなら、その住職にお世話になっていたかもしれないと思うと、身が震えてしまった。

変な考えかもしれないが、いじめを受けている人は、自分の人生を変えることはできると思うが、不治の病で余命何カ月と言われた人は、もっと辛いはずである。

だんなが余命何カ月と宣告されていたとしたらと思うと、いじめの問題などは塵のようなものかもしれない。

当事者にとっては死活問題なのかもしれないが、自分の命を操作することができるではないか。不治の病なら操作すらできないのだ。それを思うと、いじめというものは絶対に解決のできる問題だと思う。

そんなことを思いながら病室のカーテンを少し開けると、朝陽が窓の外を紅く染めていた。

だんなは、すやすやと眠っている。本当に生きていてよかったと心から思った。

だんなも、この朝陽を見ることができるのだ。

朝食の時間になって、だんなが目を覚ました。少しだけ話をして、急いで家に戻った。

帰りの電車の中では息子の態度も普段と同じに戻っていたので、少しほっとした。

息子は、近所の人に無理をいって預かってもらい、着替えを持って急いで病院に戻ったのだ。

病院で、看護師の人に聞いたところによると、何もなければ3日で退院できそうだということだ。

しかし、大きな病院という所は、患者に対してロボットのような対応しかできないのだろうか。

こちらが、聞かないことについては何も話してくれない。

聞いたことのみに答えてくれるのである。もう少し、何とかならないのだろうか。

病院にしてみれば、日常的な患者の中の一人には違いないが、患者にしてみれば、病気や怪我という非日常的な問題になっているのである。もう少し、心が通う言い方や説明があってもいいと思う。

更に、言わせてもらうと、この病院であったから助かったのかもしれない。

世の中には、助かる命なのに、病院を選択できないことで命を無くしている人は沢山いると思う。

非日常的なことを経験した人だからこそ、日常的に対応している人は神に見えるのである。

医師や看護師や職員の人が同じような体験をしたならどう思うのだろう?

遠い所へ旅行している時に同じようなことになったなら、何と思うのであろうか?

医師も医師ではない人も同じ人間なのだ。医師は患者を家族と思って欲しい。

そういう国になって欲しいと思うのは、皆の永遠の願望だけで終わってしまうのか?

人して人に対する優しい心を持って欲しいと思う。

しかし実際には、いいかげんだなと思うような受け答えしかしないのだ。

一言多くてもいいではないか、少ないよりもいいではないか、主婦の井戸端会議とは違う。

患者の不安な気持を少しでも払拭してくれてもいいではないかと思いながらも、だんなを助けてくれたことに対しては心からお礼を言いたいとも思った。

やっと、だんなは普段のだんなに戻っていた。こういうことがあると人は優しくなれるものである。

空気のような存在だった人が、本当の空気、つまり、無くては生きていけない・・・と実感した。

だんなと話していると、だんなの会社の伊藤さんと上司の人がお見舞いに来られた。

上司の人は50才代くらいの部長さんということである。

私は深々とお辞儀をして「主人が大変ご迷惑をおかけしまして・・・」と言うと「疲れもあったと思います、田口くんは休日も出勤していましたし、一生懸命に働いてくれていましたから・・・」と言ってくれた。

続けて「しばらくゆっくりするようにと常務からも言われています。田口くんは社にとってなくてはならない人ですからね」とベッドに寝ているだんなをチラリと見た。

だんなは無言で頷いていた。「ありがとうございます。できるだけ早く復帰できるようにします」と私が答えると、

「いい奥さんだな・・・」と部長さんが、だんなの手をとって話した。

「・・・とんでもありません・・・」と、だんなが少し照れて答えた。

会社の経理のことは心配しないで、静養して下さいと言って、二人は病室を後にした。

だんなは、良い部下や上司に恵まれている。そんなだんなにまた惚れ直してしまった。

人というものは、何かがあって初めて気付くことが往々にしてある。

最近は、そんなことが多いように感じた。これからも、だんなを一番に考えていかないといけない。

だんなが私の命なのだ。だんながいるからこそ私がいる。そして、私の宝物の息子がいる。

何か熱いものがこみ上げてきた。夫婦というものは、空気みたいに存在なのかもしれないが、何かがあると本当の空気になる。これからも、そういう空気になって生きていきたいと願っていた。

息子のことが気にかかるので、夕方には帰路についた。