その後、佐藤さんと昼食をとるために、外に出た。少し前に短いスコールがあったが、相変わらず暑い。

近くの、小さな食堂に入った。フィリピンの定食屋という風情の店だ。

地元の人が食べに行く店で、メニューは、全て、フィリピン料理である。

僕の、嫌いな、バグオンという大根や海老が入っていて、何か、味噌のようなものをかけてある料理もあった。

これが、何とも言えない、すっぱい味なのだ。何度かチャレンジしたことがあるが、僕の理解を超える味だ。

僕は、普通のパスタのようなものを注文した。佐藤さんが、これなら食べられるということだ。

料理ができるまで、たわいもない会話が続いた。

そして「そうそう、雪田さん・・・例の、ラマダという会社のことですが、やはり、中国との取引が多いようです。日本との取引は少ないということですよ。仲間うちに、中国との取引が中心の会社の社長がいるのですが、何でも、かなり、危ない橋を渡っているという噂があるようです。そこまでは分かったのですが・・・」

「そうですか。僕と一緒に来た、刑事がマニラ警察の刑事と調べに行っています。何か分かると思いますが、やはり、中国との関係でしたか・・・それと、殺された、アンジェラスという男のことも調べていますが、今のところは何も分からないということです。実は、日本で、連続殺人事件が起こったのです・・・」

と、僕は、佐藤さんに、今までのいきさつを全部話した。

「そういうことでしたか・・・何やら大きな事件ではないかと思っていましたよ。私に協力できることがあれば、遠慮なく言って下さい。車が関係している事件ですから、何か、お役にたてると思います・・・」

「はい・・・その時は、是非・・・」と、僕たちは、店を出た。

そして、佐藤さんに別れを告げて、携帯電話で、マニラ警察へ電話をした、15分で、刑事が迎えにきてくれる。

僕の英語も何とかなるものだと思う。フィリピンの人の英語には、なまりがあるが、欧米のように流暢ではないから、英会話が少しだけできる僕にも、理解することができたのだ。

一方、新開刑事と大越刑事は、ケソン市の、ラマダという会社のことで、思わぬ展開になっていた。

ラマダについて近隣からの聞き込みをしていると、昼過ぎにラマダの事務所に誰かが入るのを見たという人がいたのだ、二人は、すぐに事務所に向かった。

確かに、外から見ると事務所の中には電気がついていた。

大越刑事は、ピストルを片手に、用心深くドアを叩いた。

ドアの内側から、何やら声がした。大越刑事は、何か話している、何を言っているのかは、タガログ語なので分からない。しばらくして、ドアがゆっくりと開いた。70才過ぎぐらいの、白髪の男が顔を出した。

大越刑事が警察手帳を見せた。二人は、何やら話している。その男の目は、かなりするどい。

2,3分話してから、部屋の中に入ることになり、新開刑事も一緒に入った。大越刑事の片手には、しっかりとピストルが握られている。新開刑事も、かなり緊張したと、後で、僕に話してくれた。

それよりも、驚いたことは、二人とも、防弾チョッキを事前に身につけていたということだ。

この国では、何があってもおかしくない。ましてや、怪しい会社なのであるから、当たり前のことだと思う。

部屋の中は、意外に整頓されている。確かにオフィスという雰囲気であり、応接ソファーに二人は座った。

何やら、話しているのだが、新開刑事は、言葉が全く分からない。とにかく、静かに聞いているしかないのだ。

ところどころ、ジョジズや金田、アンジェラスという言葉が聞こえていたらしい。

10分ぐらい、やりとりがあって、大越刑事が「新開さん、この人が候です。ジョジズの金田とは、10年ぐらい前からの付き合いです。最初は、ジョジズラマダ・カンパニーという名前だったそうですが、3年前からラマダという名前に変わったそうです。アンジェラスが殺されたということを知らないと言っています。アンジェラスは、東京のジョジズの社員だが、ここの社員ではなく、ただの、連絡係りだということです。本当のことを言っているかは分かりませんが・・・聞きたいことがあるので、とにかく、これから、マニラ署に来るように話しました。OKだということで、一緒に戻ります。詳しいことは、それからです・・・」と、素直に同行するという。

三人は、車に乗り込み、マニラ署へ向かった。

そのころ、僕は、例の集落へ到着していた。今日、運転してくれた刑事は、かたことの日本語は話せるということである。僕は、集落で長年住んでいる人を探しているということを告げた。

一軒の家で聞いてみると、大半の住民は、20年以上、ここに住んでいるということが分かったが、その家の人は、その事件については知らないという。とにかく、他の家を一軒ずつ探してみるしかない。

それと、別荘のことである。この集落で、何も収穫がないとしたならば、別荘にも行くしかない。

大越刑事は、別荘も調べてみると言っていたが、僕のほうが先に調べることになると思った。

集落の家を全て回ってみたが、情報を得ることはできなかった。若い人には記憶がないし、その当時、生きていた人も大半は亡くなってしまっていたのだ。ただ、一人、かすかな記憶が残っているという、女性がいたが、それも、日本人が落ちたということだけであり、多分、裏の別荘の人ではなかったかということであった。

僕は、別荘地帯へ向かった。

別荘地帯には、十数軒の家があり、その中の、数軒は、廃墟となっていた。

とにかく、片っ端から、ドアを叩いて回ることにした。刑事が同行しているので、何の不安もない。

5軒を回ったところで、道を歩いている初老の男に会った。理由を話してみると、その事故のことは覚えているということで、その老人の家に行くことになった。

その当時、日本人も何人か別荘を所有していたが、今は、誰も日本人は所有していないという。

バブルがはじけた影響で、皆、ここを二束三文で売り払ったという。その中に、金田という名前に記憶はないかと聞いてみたが、そのような名前の記憶はないという。しかし、話していると、金田ではなく、御手洗という名前に覚えがあるという。そして、その家は、廃墟になったまま存在しているというのだ。

その老人は、その家までの道順を教えてくれた。歩いて、3分程度だという。

とりあえず、行ってみることにした。完全に廃墟と化している。20年近く、何も手入れをしていないのであるから、至極、当然のことだと思った。家の周りを一周してみたが、特に、何があるものでもない、鍵の壊れている窓から、中に入ってみることにした。中は、荒れ放題である。何かの野獣が住み着いていたようでもあった。

あまりの臭さに、頭がクラクラしている。スモーキーマウンテンの匂いよりも悪臭であった。

ハンカチで鼻を押さえながら、各部屋を回ってみた。食器や電気製品は、そのままの形で残っている。

書斎らしき部屋の中に、日本語で書いたメモが残っていた。確かに、ここには日本人がいたと想像できる。

が、そのメモも、何だか意味のないものであった。僕は、御手洗という文字を探していたのだ。

それ以外には、何やら中国語で書かれた書類もあったが、全く意味は不明だ。

英字新聞も、沢山残っていたが、日付までは見なかった。関係ないと思っていたし、20年以上前の新聞だと思い込んでいたのだ。

しかし、どんなに探しても、御手洗という名前を見つけることはできない。

諦めて、外に出た。今度は、玄関から出てみた。玄関の鍵も壊れていた。

すると、同行していた刑事が、僕を大きな声で呼んだ。

呼ばれたほうに、急いでいくと、壊れかけた門の表札に、かすかに、薄汚れたMITARAIという文字を確認することができたのだ。間違いない。ここに、御手洗の別荘はあったのだ。

ここでは、携帯の電波が届かないので、さっきの、老人の家に戻り、急いで、新開刑事の携帯へ電話した。

新開刑事も、何度か僕の携帯へ電話していたようだ。しかし、僕のいる場所では、携帯が使えなかったのだ。

マニラ署で、候という男の取調べをしているという。僕も、御手洗の別荘を発見したことを伝えた。

何か、点であったものが、線として繋がっていく予感を感じていた。

急いで、マニラ署へ戻ることにした。

すでに、夕方になっていた。相変わらず、マニラ湾へ沈む夕陽は美しい。その美しさが、何か、これから展開していくおぞましい復讐劇の幕開けの暗闇の中の一本の光となっていたのだろうか?

マニラ署では、候の取調べが続いている。任意であるから、そんなに拘束はできないと思ったが、国が違えば何もかも違うのであろうか?任意といっても、強制に近い。

今までの、候の話を、新開刑事から聞いた。

特に、御手洗の事件に関しては、おかしい点はないが、何やら密輸の匂いがするということであった。

殺人課だけではなく、貿易関係のセクションの刑事も取り調べにあたっていたのだ。

僕たちは、何を聞いても言葉がわからないので、別室で待つしかない。