「えっ、そうですね・・・新しい感じがしますね・・・どこにあったのですか?」

「死体のあった場所の傍です。ゴミの中に埋もれていました・・・」と、大越刑事から、ライターを受け取ると

「まさか・・・火がつくことは・・・」と、金属のライターの上のボタンらしいところを押してみた。

火がついた。新しいものに間違いはない。何年も前のものなら、そんなことはないであろう。

もしかしたなら、犯人、又は、アンジェラスが落としたものかもしれない。

その金属のライターの横には、有名な、ヨーロッパのブランドの名前が刻印されていた。

どうみても、かなり、高価なもののように思える。僕も、ハンカチごしに手に持ってみたのであるが、ずっしりとして重い。

「大越さん・・・とにかく、調べてもらえませんか?」と、新開刑事は、話した。

「分かりました。これは、ひょっとしたら・・・?」と、大越刑事も、驚いていた。

さすがに、新開刑事である。僕は、心の中で、本当の刑事というものは、こういう人のことを言うのだろうと思った。帰りの、車の中で、大越刑事が「私たちに、先入観があったと思います。ただの、殺しだから、そして、このエリアの殺しだから、どうでもいいと思っていたと思います。これが、マニラの中心部であったりしたなら、もっと、しっかりと調べていたと思います。日本の警察は、すごいと聞いていましたが、新開さんを見ていて、本当にそうだと思いました。フィリピンの検挙率が悪いのは、こういうことなのかもしれません?」

と、新開刑事に話しかけた。

「いえ・・・私のやり方ですから・・・」と、新開刑事は、特に反応することもなく、短い言葉であった。

車は、金田栄一が、釣りの最中に、海に落ちたという場所に向かっていた。

1時間ほど、平坦な道を走った。目の前に、いきなり、大きな海が見えてきた。

どこなのかと、大越刑事に尋ねると、ここは、マニラ湾の、北の端の入り江だという。

入り江のようになっていて、断崖絶壁であった。車は、道というよりも、獣道といったほうがいいような、狭く曲がりくねった舗装もしていない道をゆっくりと走る。

左側には、常に海が見えていた。

ほどなくして、何軒かの家が見えてきた。小さな、集落であった。20軒ほどの家の前を通り過ぎると、道がそこでなくなっていた。ここからは、数分歩くことになるという。

僕たちは、車を降りて、泥の道を歩く。そうすると、今度は、また、海が見えてきた。

大きな木が茂っている、傍らには、人が歩いた跡が、多数残っている。

断崖の上から、下を見ると。10mぐらい下には、岩肌がむき出した岩場であった。

「ここです・・・ここは、釣りをする人には、最高の場所です。ここから、落ちたということです。ここから、落ちたなら、助かることはないでしょう。ここです・・・」と、大越刑事が言った。

確かに、ここから落ちたとしたなら、助かることはないかもしれない。

どうみても、この断崖を降りていくことも不可能だとも思った。

僕は、恐々と断崖の端から顔を出して、下を見た。岩肌に、波が打ち寄せていて、何か恐怖心すら感じた。

新開刑事も、覗き込んで「ここからなら無理だな・・・」と、怖そうな顔をしている。

100mぐらい向こうを見ると、何人かが釣り糸を垂れていた。

「大越さん・・・あそこで釣りをしている人に聞きたいことがあるのですが?通訳してもらえませんか?」

と、僕が聞くと。大越刑事は、釣り人のほうへ歩き出した。

7人ぐらいの人が、等間隔で釣り糸を垂れていた。

どうやら、皆、バイクで、ここに来たようで、何台かのバイクが停まっている。

大越刑事は、その中の一人に声をかけた。

「雪田さん・・・何でしょうか?」と、大越刑事。どうやら、OKのようだ。

「ここは、マニラから釣りに来る人は多いのですか?」

すると、その釣り人は、結構多いですという。そして、この崖の後ろの山には、金持ちの別荘地帯だということが分かった。さっき、通った、集落の中で、道は二手に分かれていて、一方の道を数分いくと、別荘地帯があるということだ。確かに、この位置から山のほうを見ると、何軒かの大きな家が、並んでいる。

20年ぐらい前から、別荘が建ったということであった。

釣り人が言うには、この断崖にも、別荘の住人が、釣りにやって来ることも多いというのだ。

この釣り場は、釣り人の間でも、昔からかなり有名な場所だということが分かったのだ。

「大越さん、金田栄一は、もしかしたら、別荘に来ていたんじゃないでしょうか?」と、聞くと。

「さぁ・・・20年以上も前ですから・・・調べようが・・・」

「でも、一応、調べてみませんか?何か分かるかもしれません。20年前からの所有者なら・・・」

と、言うと。署に戻って、調べてみるということを確約してくれた。

新開刑事は、僕たちの話を聞きながら、遠くの海を見ている。

そろそろ、夕陽が沈む時間であった。とても、美しい。異国で見る夕陽というものは、最高である。

遠くに見える、灯りは、マニラのエルミタ地区の高層ビル群やホテルの灯りだと、大越刑事が教えてくれた。



エルミタ地区 マニラ湾に面した、旅行者の滞在拠点。多数のホテルがある。

ここで、一体何があったのであろうか?金田栄一は、本当に、過って落ちたのであろうか?

それにしても、そう簡単に落ちるような感じはしない。崖の上には、いくつも大きな石があり、さっきの釣り人も、その石に足をかけて釣り糸を垂れていた。よほど、崖の傍に寄らない限り、落ちることは考えにくい。

新開刑事も、大越刑事も、僕と同じ考えのようであった。