3日後、私の息子の学年でも保護者が集まって、今後の対応について話し合った。
各学年でも同様な話し合いがもたれてということだ。
学校だけに任せておくわけにはいかない、親は親としてできる最大限のことをしないといけない。
ということを結論として互いに確認しあったのである。そして、各学年とも縦の繋がりを持って、いじめに対しては断固許さないということで落着したのであった。その採択文を校長に渡して、再発防止をお願いした。
この問題が発覚して、学校というものに対しての見方が変わったのと、親として子供を守っていくという再認識を持ったということは、ある意味において良かったのかもしれない。
親とは、いかにあるべきかということだ。
学校側は、風通しのよい環境にしていくために、精一杯努力していくということを約束してくれた。
いつの時代でも、どのような場所においても、人が集団でいる限りいじめというものは多かれ少なかれ存在する。
それをいかに早く察知することができるかということが一番大事なことであると思う。
私も、息子に対してもっと目を向けなければいけないと思った。
日々、忙しさにかまけて、子供に対して注意を怠ると大きな問題になるかもしれない。
また、自分の子供だけは大丈夫という考えも捨てないといけない。
子供は、親にとっての宝物であるとともに、社会においても宝物なのである。
その宝物を宝物として大事にしていく知恵と守っていくという勇気が必要なのだろう。
それが欠けていたなら、子供は宝物が入っている箱の中から飛び出してしまい、壊れてしまう。
宝物は、親の一生をかけて守るべきなのだ。
この事件を契機として、息子の祐樹を今以上に注視して、何があっても守っていくという気持が強くなった。
そして、この学校に子供が通っている親も定期的に懇親会を開いて、色々な問題を早期に解決していこうという会を創設したのである。PTAだけに任せるということではなく、何かが起こったなら即会合を持って解決していこうということになった。
一度、なくした宝物は二度とは戻ってこない。
●五話 大人がいいかげんだ
あのいじめ事件以来、学校側の態度は急速に変わっていった。
今までは、学校の中においてのことは定期的に送られてくる学校だよりだけであったが、今は、週に一度は何らかの学校内の問題点が書かれた文章を見ることができる。
少しは、学校側も変わったという証明なのかもしれない。ただ、形だけに終わるかもしれない。
親としては、注意深く見ていかないと同じことが起こる可能性もあると思う。
子供と同じように、親も学校に通学しているという認識を常に持ちたいと思った。
それから、5日もするとマスコミの報道も殆どなくなっていった。