僕は、徳野茂美に、そのことを話した。

「えっ、そうなんですか?私も来月初めに、フィリピンに行く予定があるのです。今、フィリピンのミタライ・コーポレーションには、ボエット・チャンがいますから、仕事の打ち合わせをかねて・・・」と、言う。

「そうでしたか・・・では、フィリピンで会いましょう。僕たちは、月末に出発予定です。新開さんの、パスポートを取得してからになります。何か収穫があるといいと思います。日本にいても、何の進展もありませんから・・・」

「そうですね。では、フィリピンで・・・」と、徳野も行くのだ。

新開刑事の、パスポートも取れたので、僕たちは、成田へ向かった。

フィリピンまでは、約4時間半のフライトだ。7日間の滞在だから、査証は不要であった。

しかし、7日間で何ができるのであろうか?何ができるというよりも、何かをしないといけないし、何かをつかんでこないと何のためにいったのかさえ無用なものとなる。

いつになく、新開刑事は緊張しているようであった。僕も同じ気持ちだ。

7日間といっても、僕は、佐藤氏との打ち合わせで、1日はつぶれてしまう。実際は、6日間ということになる。

マニラ空港に着いたのは、昼過ぎであった。日本と違って、南国の日差しが目に痛い。

日本とは、全く違う匂いが漂っている。

僕も、久しぶりのフィリピンであった。新開刑事は、海外自体が初めてなのであるから、僕の後ろを、まるで子供のように歩いて着いてきている。

日本では、僕よりも先を歩く人が、ここでは、僕の後ろになっているのだ。何だか、可笑しい気持ちになっていた。

空港のイミグレーションを通過して、外に出ると、中年の人が声をかけてきた。

マニラ警察の、刑事の、ジョニー・大越さんという人であった。

僕たちの写真を事前に送っていたので、探してくれたのだ。

「初めまして、新開です。こちらは、雪田君といいます。宜しくお願いします」と、新開刑事は、少し緊張して話した。

「大越です。日本語は、何とか話せる程度ですから、早口だと分からないこともありますが、勘弁して下さい。表に車を待たせていますから、早速、マニラ警察署に案内します」と、思った以上に、日本語は上手であった。

僕たちは、大越刑事の案内のもとに、空港の駐車場まで歩いた。

新開刑事は、周りをキョロキョロ見回している。

「雪ちゃん・・・空気が違うな・・・何か甘酸っぱい匂いだ。南国という感じは、こんな感じなのかい?」

「南国といえば、南国ですが・・・国には国の匂いというものがありますよ。ここは、フィリピンの匂いです。東京は違いますよ。それと、日本人と見ると、怪しい人たちが声をかけてきますから、注意して下さいよ。特に、荷物なんかを手から離して置いておくと、取られますから・・日本とは違いますから・・・」と、言うと。

僕の顔を見て、頷いた。

車に乗り込むと、高速道路を走る。日本と似たような光景なのであるが、新開刑事にとっては、交通の流れが日本とは逆なので、何か変な感じがしていたようである。フィリピンは、右側通行なのであった。

大越刑事が、「お疲れでしょうが・・・署で、簡単に今までの経過の説明をしたいと思います。アンジェラスのフィリピンでの行動は、今のところは分かりません。日本からの入国履歴がないのですが、今、他の国からの入国履歴も調べています。本名や、本当のパスポートではないと思いますから、時間がかかると思います。私の考えは、中国から来たのではないかと思っています。最近、香港から不法に入国する人が多いのです。中には、ベトナムからもいます。飛行機の時もありますが、不法な船で入ってくることも多いのです。フィリピンも日本と同じで、島国ですから、どこからでも入ってこられます。それと、アンジェラスは、首を絞められて、そして、頭の後ろを何か硬いもので叩かれて殺されていますが、持ち物は一切ありません。署に行くと、死体の写真がありますから見て下さい。雪田さんは、CPモータースの佐藤さんとお知り合いだと聞いています。実は、私の友人の知り合いなのです。

日本人ですが、マニラでは、有名な人ですよ。色々な、ボランティア活動をしているし、マニラの日本人倶楽部の理事というんですか?何といったらいいのか分かりませんが、代表の人のひとつ下のランクの人です。明日、佐藤さんに会うのですか?もし、よかったら、うちの刑事に送らせますが・・・」と、結構、流暢な日本語だ。

「はい、お世話になります。佐藤さんからも聞いています。何か不思議な縁ですね。とにかく、この事件を解決したいのです。僕以上に、新開さんは強い気持ちだと思います。色々とご迷惑をかけるかと思いますが、宜しくお願いします」と、前の席に座っている、大越刑事に話しかけた。

車は、マカティにある、マニラ警察署の正面に到着した。

新開刑事は、相変わらず、外の景色ばかり見ている。確かに、日本とは違う建物や、違う顔の人だらけである。

署内に入ると、日本でいう課長クラスの人が出迎えてくれた。

タガログ語なので、大越さんが通訳をしてくれた。

日本の警察とは全く違う雰囲気に、新開さんも僕も戸惑っていたのは確かである。

一応、アンジェラスの件についての詳細な報告を受けた。

大半は、大越刑事が、答えてくれていたので、言葉の壁というものを感じなかった。

それから、アンジェラスが殺された場所に行くことになり、再び、車に乗り込んだ。

市街地を抜けて、だんだん裏道のようなところに入っていく、いくつかの線路を通過して、さらに、奥まった場所に向かう。周りを見渡すと、バラック作りの小屋のような家が林立していた。歩いている人の姿も、マニラの中心部とは全く違って、貧民だと一目で分かる。ここは、フィリピン一のスラム街なのだ。

大きなゴミの山の麓で車は停まった。

このゴミの山の向こう側で、死体が発見されたということで、車を降りて歩くことになった。

僕たちの周りを、ハエが飛び交っている。何ともいえないゴミの匂いに、頭がクラクラしている。

新開刑事が、「これは、ひどいな・・こんなところに人が住んでいることが信じられん。山の中で、ゴミをあさって何をしているのだろう」と、言うと。

「ゴミを拾って、金になるものを見つけているのです。ここは、こういう人たちが生活しているエリアなんです。毎日、何人も、病気や事故で死んだり、3日に1回は、殺人もあるエリアなんです。日本の人には、理解できないでしょう。これが、フィリピンの現実です。どうしようもない・・・本当は、外国の人には見せたくないのです・・・」

と、新開刑事の顔を見た。

僕たちは、何も言うことはなかった。無言で、歩くしかなかったのだ。フィリピンの現実を見て、日本という国が、いかに裕福であるかということを、考えないではいられなかった。

数分歩くと、さらに匂いで、めまいがしてきた。

ここが、有名な、スモーキーマウンテンという、最悪な貧民エリアであった。

戦後の日本の殺伐とした風景そのままが、ここにはある。いたいけな子供たちが、毎日、毎日、食うためにゴミをあさり、必死で生活しているのである。一旦、この場所に住み着いたなら、這い上がることは不可能なのだ。

フィリピン政府としても、国の恥部として隠していたいのであろうか。