この女が、御手洗の愛人であることは間違いないようだ。探偵まで使って探していたのだ。

「そうですか、事情は分かりました。こちらです・・・」と、車を保管している倉庫に案内した。

新藤は、他の客と対応しているので、僕は、この徳野という女と一緒に倉庫に入った。

事故車を見るなり、彼女は、嗚咽とともに大粒の涙を流した。

か細い声で「あなた、痛くて熱かったでしょう。どうしてこんなことに・・・あの日の朝は、元気だったのに・・・」

と泣き崩れた。あの日の朝ということは、彼女は、事故当日の朝は御手洗と一緒にいたのだ。

彼女は、炎上した黒こげの車を凝視すると、ドアを開けて運転席に座った。燃えているので、鉄のバネしか残っていない運転席である。

彼女は、着ている高価そうな服が汚れることを何とも思わずに座っていた。

そして、車のハンドルに顔を埋めて泣いていた。

数分間が経過したであろう。

突然、僕に話しかけてきた。

「社長さんは、何故、この車を引き取ったのですか。こんな車は、商品にはならないでしょう。それとも、何か売れるルートでもあるのですか・・・」売れるルート・・・と聞いてきた。普通の人が使う言葉ではない。

この徳野という女は、御手洗の愛人だけあって、車に対しての知識があるのかもしれない。

「勿論、商品にはなりません・・・」

「だったら、何故・・・・」

僕は、何と言えばよいのかと言葉を探していた。ここで、本当のことを言ってもいいのだろうか。

一呼吸おいて「えぇ、ちょっと事故について興味があったものですから、同業者として調べてみようと思ったのです。うちも、スカイラインGTRを多く展示していますし、気になったのです。だから、引き取ったのですが・・・」

「そうですか。それで、何かありましたか。まだ、ここに置いてあるということは、解決していないということですよね。それとも、何か発見がありましたか・・・」

「それは、まだです。何か気になることでもあるのですか・・・警察は、単なる事故として処理しています。もう、終わったことですが・・・」と、言うと。

「社長さん、歯に何かがひっかかったような話しぶりのような気がします。本当は何かあるのではないでしょうか。何かあるのなら遠慮なく話して欲しいのです。御手洗とは、20年もの付き合いです。彼が運転ミスで事故を起こすことは考えにくいのです。まして、80キロというスピードです。彼は、200キロ以上のスピードでも何の問題もなく運転できます。ドイツのアウトバーンでは、250キロで巡航していましたし、車の運転はプロ並でした。まして、スカイラインGTRなら、おもちゃのようなものです。私は、どうしても信じられないというのが本音です。

ですから、調べてみたいと思ったのです。どこかの車がぶつかってきて死んだのなら分かります。でも、こんな運転ミスで死ぬ人ではないと思うのです。社長さんも、何か疑問点があるのではないですか・・・」鋭い問いかけだ。

僕は、彼女の問いかけに何と言えばいいのだろう。ここで、僕が疑問に思っていることを話してもいいのであろうか。

「徳野さんとおっしゃいましたよね。ちょっと聞いてもいいですか・・・」

「何でしょうか・・・私で分かることなら何でもお話しますが・・・」

「はい、御手洗社長は、その日の朝は何でスカイラインGTRに乗って、中央高速を山梨方面に向かったのでしょうか。それも、10年以上も前の古い車です。この車が好きで所有されていたのですか・・・」

「いえ、この車は、確かに彼の所有していたものですが、つい、数日前に輸出用として仕入れたものなのです。それのテスト走行だと思います。スカイラインGTRを欲しいという海外のバイヤーからの注文なのです。それでテスト走行していたのだと思います・・・」と言う。

「社長、自らがテスト走行するのですか・・・そんなことは、社員でいいと思いますが・・・」

「確かに、そうですが、御手洗の話だと、相手のバイヤーは、御手洗の知識と運転技術しか信用してないので、テスト走行は社長でなければ駄目だと言われたと聞いています。ですから、御手洗が直接運転したのだと・・・」

「なるほど・・・このバイヤーとは、今回が初めてなのですか・・・」と更に聞いた。

「私も御手洗の全ての仕事を把握していた訳ではありませんが、このスカイラインGTRの話は、確か、5台目か6台目だと思います。いつも、調布インターから、八王子インターまでなのです。そして、帰りは、また、高速で調布まで戻ってきて、自宅の近くにある倉庫に保管していました。ですから、今回が初めてではないですわ・・・」

どうやら、嘘をついているという雰囲気ではなかった。

「では、その日も以前と同じように運転していかれたのですね・・・」

「はい、その通りです。私は、御手洗の仕事の指示で、その日の昼過ぎの飛行機でフィリピンへ向かうために、成田へ朝の9時に家を出ました。私が出る、確か、10分前だと思います・・・御手洗が、スカイラインGTRを運転して出たのです。ですから、私は、御手洗を見送ったのです。それが、彼を見た最後になりました・・・」

と、また、大粒の涙を流した。

「よく、分かりました。すると、一つ確定していることは、徳野さんが御手洗社長を見送ったということですね。そして、それから数十分後に事故を起こした、その事故の時間は、徳野さんは、成田へ向かっていた。とうことですね・・・そして、後日フィリピンで御手洗社長の事故のことを知った・・・」

「そうです・・・間違いありません。御手洗は、20年以上前に奥様と別居されています、私は、奥様と別居されてから出会った女なのです。そして、御手洗とは、同棲という形をとっています。奥様が離婚届けに判を押してくれないのです。御手洗は、何度も離婚調停のために家庭裁判所に申請したり、顧問弁護士にも動いてもらったのですが、奥様は、同意されることはありませんでした。奥様に非があったのなら、離婚も簡単にできたのでしょうが、奥様には何の非もありませんから、難しかったのです。御手洗は、全ての財産を与えると言ってもいましたが、それも、奥様は拒否されたのです。奥様には、月に50万円以上を送金していたようです。お子様もいるのですが、御手洗とは完全に疎遠になっています。これが私と御手洗との関係なのです・・・」と説明してくれた。

「色々とすいません。よく分かりました。初めて会った人に、そこまで話して頂いたので、僕もお話してもいいかと思っています。実は、何かエンジンルームに細工されて炎上した形跡があることが分かったのです。それが大きな疑問になっています。僕たちは、スカイラインGTRについては熟知していますから・・・」と言うと。

「まさか・・・そうなら・・・殺されたのですか・・・」と、大きな目を更に大きくして僕を見た。隣にいた探偵も驚いている。

探偵が「社長、それは本当ですか・・・警察は、分かっていないから処理したのですよね。もし、殺人なら、動いてくれているはずですが・・・」

「そうですが、その疑問のために、さっき、警察に行ってきたのです。そして、説明したのですが、無駄でした・・・」

「もし、御手洗が殺されたとしたなら誰が・・・」と、彼女の体は小さく震えていた。

「徳野さん、あくまで仮説です。はっきりと決まったわけじゃありません。僕たちの思い過ごしだということもあります。ここで説明してもいいですが、聞いてくれますか・・・」と、僕は、彼女と探偵に、燃料噴射装置に変な仕掛けがあることを説明した。

話が、終わろうとしていた時に、新藤が僕に電話がかかってきたことを伝えにやってきた。

「社長、新開刑事からです。何でも、これから、鑑識の山田さんと来るそうですが・・・」

どうやら、新開刑事は、鑑識の山田さんの了解を得たらしい。

「徳野さん、丁度、これから所轄の刑事と鑑識の人が車を見に来るそうです・・・」と僕が言うと。

「私も一緒に拝見していてもいいですか。できたらお願いします・・・」

「多分・・・いいと思います・・・ただ、警察としてではなくて来ると思いますから、今日のことは一切他言しないで下さい。それだけは、約束して下さい。刑事と鑑識の人に迷惑がかかります・・・」

「はい、お約束します・・・」と、彼女と探偵も頷いた。

一旦、僕たちは店に戻った。

他の客は、既に契約を終えたりして帰っていた。今日は、運よく、この時点で3台が売れた。

スカイラインGTR1台であるが、高年式の500万円のものである。スカイラインGTRの中でも、前のオーナーが、かなり手をかけていて、400馬力はあるという。買った客は、50才台の医者であった。何でも、レースに使うらしい。たまに、こんな客もいるのである。それほど、この車はポテンシャルが高い。

他に売れた車は、普通のスカイラインクーペであった。

1時間ほどして、新開刑事と鑑識の山田さんが来た。

「雪ちゃん、山田が、早番上がりだと聞いたので、今日、連れてきた。誰にも内緒だからな。山田も何かあったら、署長から訓告、戒告ものだからな。俺もそうだけど・・・」と、ソフアーに腰掛けた。

「新開さん、山田さん、すいません。それと、こちらの方が、亡くなられた御手洗さんと関係のある方です。丁度、今日、車を見たいと来られて・・・」と、愛人の徳野を紹介した。

「そう、奥さんなの・・・大変だったね・・・」と、新開刑事が軽い口調で聞いた。

彼女は、少し躊躇して「奥さんではありません。世間で言う愛人と言えばいいのでしょうか。でも、20年間一緒に暮していますが・・・」と言った。

「それは失礼しましたな。で、何で車を見に来られたの・・・」と新開刑事は、何やら質問してきた。

刑事の宿命というものなのかもしれない。質問というより、尋問に近い口調だ。

「御手洗の最後を見たいと思いまして・・・」

「そうか、そうか・・・」と、新開刑事は、笑って答えた。その顔を見た、徳野は、何か不機嫌になってしまった。人が死んだのに笑うという行為が許せなかったのだろう。その気配を察知した新開刑事は「いやいや、これはすいません・・・不謹慎でしたな・・・ハハハ・・・」と、また余計な笑い声で言った。僕は、間髪入れずに・・・

「まあ、それはいいとして、山田さん、車を見て下さい。細かなことは、うちの新藤が説明しますから・・・」

と、僕は、皆を倉庫に連れて行った。

車を見ながら、新藤が鑑識の山田チーフに細工の件を説明した。一通り、説明したところで、山田チーフが口を開いた。

「新藤さんの言う通り、不自然だと思う。この焼けた四角いモノは、普通じゃあり得ない。それと、燃料噴射装置、つまり、EGIの燃え方が異常に激しいな。ガソリンホースからの出火なら、EGIは、こんなにならないと思う。この車を見るのは、2度目だが、そこまでは見ていなかったな。単なる自損事故として見たからな。確かに、不自然だ。それと、EGIのパッキンが半分剥されているのも気になる。何だか、もう一度検証しないといけない案件だな。なぁ、新開、何とかならないか・・・事故として片付けるに、不自然すぎるな・・・どうする・・・」

「やっぱり、そうか、お前が言うのだから、何かあるな。それにしても初動で発見できなかったことが・・・」

「車の事故というものは、案外、慣れがあってな、思い込みが多いのだよ。これは、鑑識として恥ずかしいことだと思うが、これだけ、日々の事故が多いと・・・難しいな・・・」と言った。

「よし、課長に話してみるか。何と言うか分からないが、殺人だとしたら、警察の落ち度だし・・・」

「新開さん、お願いしますよ。僕からも・・・・」と言うと「御手洗の無念を晴らして下さい。このままじゃ、浮かばれないと思います。私の知っていることは何でもお話しします。何でも協力しますから・・・」と、愛人の徳野は、新開刑事の顔を見て一礼した。

そして、再捜査が決定するまで、この車は、このまま保管しておくことになった。

新開刑事と山田チーフは、急いで署に戻って行った。

「雪田社長さん、色々と有難うございます。警察が再捜査してくれたらいいのですが・・・」と彼女は言う。