「そうなんだ、実はね、今日午前中に艶子さんと歩いていたでしょ、何があったのかと思って聞きたかったのよ」
すでに、見られてしまっていたのだ。
「どこに行ったの」とパン屋の小田さん。
艶子さんとのことを話すと、大変ねという顔でくすくすと笑っている。
「大変よ、ほんとは時間があったら、しまむらで靴まで見たててとまで言ったのよ」と愚痴を発した。
丁度、惣菜コーナーの前である。この話が10分も続いたであろうか、後ろから誰やら聞きなれた声がする。
艶子さんのライバルとまで言われている人が立っていた。70才を過ぎている涼子さんである。
「艶子に何かあったの」と涼子さんが聞いてきたので別に隠す必要もないので事の全てを話したのである。
「田口さんの奥さんも大変だね。艶子につかれたら背後霊のようにひっついてくるから気をつけなさいよ」と
注意をしてくれたのである。この涼子さんという人は矍鑠とした人であり、昔は小学校の先生をしていたそうである。70才過ぎとは見えないくらいで、艶子さんと比較しても同じ年くらいに見えるのである。
背筋もピンとして何やら品も漂っているのです。
艶子さんとライバルという言葉は少し違うかもしれないのだが艶子さんに対しては何でも言える人なのだ。
その涼子さんを紹介してくれたのは目の前にいるパン屋の小田さんの奥さんなのである。
どうやら涼子さんも大のパン好きで朝は必ずパンでないといけないと言っていた。
そんな3人の立ち話が数分続いて別れたのである。小田パン屋に寄って帰らないといけないのだが、時間が足りなくなってしまっていた。一度家に帰らないといけない、と子どもが帰ってくるのである。
5時前になっていた。急いで自転車にまたがると家路に向かったのである。
自転車というものは非常に便利なものであるが、昔二度転んで怪我をしたことがある。
その怪我で頭の後ろには大きなキズを作ってしまった。髪が薄くなるとはっきりと見えてくるのだろうとちょっと心配なのである。そういう経験もあるから、どんなに忙しいとしても自転車はゆっくりとこぐようになった。
私は昔から自転車のメーカーは決めている。小さいころに父から買ってもらったメーカーなのである。
メーカーというよりもその自転車屋のおじさんが面白い人で、その人の勧めもあってそのメーカーにしたといういきさつがある。名前はかっこいいとは思わないがとにかく好きなのである。おそらく一生そのメーカーの自転車に乗ると思う。子どもの自転車も同じメーカーである。
その名は、マルキン自転車である。皆さんもご存知でありますよね。
名前はちょっと変わっているが乗りやすいこと、このうえないのである。
丈夫で長持ちなので私は大好きである。
家の玄関につくと子どもが怒った顔で待っていた。とりあえず謝ると鍵を開けて入った。
今日は、だんなの帰りが遅いようなので子どもと二人だけの食事である。
昨日はちょっとした疫病神の使いがきたのでオムライスにしたのだが、今日は、スキヤキにしたいと思う。
台所で夕食の準備をしているとチャイムが鳴った。この忙しい時に誰。
なんとあろうことか玄関前に立っていたのは艶子さんであった。勝手口から入ってくるのが普通なのにどうしたことだ。「あんた、これ食べてよ」とスーパーの袋に入っている何かを差し出した。
「朝、あんたに付き合ってもらったからね」と言うのである。
艶子さんからの贈り物なのである。一瞬、目を疑ってしまった。
「食べられるだろ」と言うのであるが、何が入っているのかが分からない。
「何でしょう」と聞くと「だんご」と一言。
「あんたと一緒に食べようと思ってね」えっ、一緒に一緒にということは私の家で一緒になのか。
「すいません。今子どもの食事を作っているので・・・」とやんわりと拒否すると
「みんなで食べたらいいのよ」と玄関で靴を脱ぎにかかっている。
ふと、今日のスーパーで涼子さんの言ったことを思い出した。背後霊のようにつきまとうという意味が・・・。
「後で私が艶子さんの家に伺いますから・・・」と言ったのだが、おかまいなしに居間へ行ってしまった。
そして、子どもを見るなり抱きかかえている。子どもにとっては知らないおばさんに抱えられてどうしたものかと不安な顔になっている。一応、子どもに近所のおばさんということを説明したのだが、何か不安そうである。
確かに、艶子さんは力が強いから子どもを抱きかかえることは簡単であると思う。
そして、今作りかけのスキヤキを中断して3人でだんご食べるはめになったのである。
「何才」と子どもに聞いている。子どもが12才と答えると財布から小遣いをやろうとしているのである。
ちょっと待った。子どもにも背後霊になってしまう。と咄嗟に思い。
「そんなこと・・・」と言いかけたのだが、子どもは無邪気である。しっかりと手の中に500円玉を握ってしまった。もう戻れない「ありがとうございます。気をつかっていただいて・・・」と一礼すると
「いい子じゃない。あんたに似てないな」と余計なことまで言って笑っている。
子どもは美味そうにだんごを食べている。なんとした光景なのか。予想だにしたことのない光景だ。
艶子さんは子どもと一緒になって笑ったり、からかったりしている。
しかし、その光景を見ていると何故か田舎の母を思い出してしまった。この子にはこういった経験が無かったのである。田舎のおばあさんという存在は知っていてもこのような経験は最近無かったのだ。子どもの無邪気な顔を見ていると何か心に熱いものがこみ上げてきてしまった。不思議だ。この艶子さんという人は不思議な人だ。
かなり変人であって嫌味な人なのだが子どもに対しての行為は見ていてとてもうまいと思うのである。
子どもは気を許したらしく無邪気に甘えたりしている。子どもから見ると親切なおばさんということなのであろうか。
「邪魔したね。また今度」と言って勝手に帰っていってしまった。子どもは艶子さんが玄関に向かうのを追っかけていっている。私は一人居間にいて何か考えさせられる気持になってしまったのである。
玄関から子どものさようならという声とかあさんを大事にするのだよという艶子さんの声が聞こえた。
何か熱くなってしまった。これはどういうことなのだろう。あんなに嫌な人なのに子どもが気に入ってしまったなら親として何とも言えない気持になるということは。私の理屈に合っていないのである。
それからスキヤキの準備に入ったのであるが、だんごを食べたせいで何やら食べたいという気持が薄れてしまった。
子どももだんごのせいでそんなに空腹ではなさそうである。
スキヤキの量をかなり減らしてしまった。
どうせだんなの帰りは、11時過ぎになると思う。簡単なスキヤキにして子どもと二人で食べたのである。
夜、床の中で考えてしまった。
艶子さんという人は一体どういう人なのか、何故、みんなに嫌われているのか、どこが嫌われているのか・・・
私の中では今でも嫌っている自分と、うまく付き合えば付き合えるのではないか、わたしのさじかげんが間違っていたのではないかと自問自答してしまったのである。
こんなことは横で寝ているだんなには相談もできないし、相談したところで一言「よくある話」で終わってしまう人なのだ。
うつらうつらとしながら朝になった。
また、朝の戦場が始まる。子どもを起こして、だんなの弁当を作って、それから洗濯・掃除。
主婦というものは何か色々な人と出会うものなのか。それも利害関係のない人と。
そんなことを思っていると、チャイムがピンポン。
はーいと大きな声で玄関を開けると、そこにはパン屋の小田さんが立っていた。
「昨日、来ると思って待っていたのよ」と手には食パンを2袋持っている。
どうやら昨夜寄らなかったので、朝食パンをわざわざ持ってきてくれたのだ。
この町に越してきて最初に仲良くなったのが、このパン屋の小田さんの奥さんなのであった。