何やら拒否できない雰囲気に負けてしまった。

「わかりました、玄関から出ますから」と勝手口を閉めて、簡単な化粧をして玄関を出てのである。

「あんたに見てもらいたいものがある」と歩きながら話してきた。

「何ですか」と聞くと、行けばわかるからと早足で歩いていく、足も速いのである、やはりこの艶子さんは昔何かの肉体労働をしていたと確信を持ったのである。実際は後で分かるのであるが学生時代にはスポーツ選手で名を上げたことがあるらしいのである。人は分からないものである。

しかし、この男の人は何者なのだ。年のころなら30才くらいであろうか。結構おしゃれな格好をしている人である。しかし、一言も話さない。

二人について行く方向は駅の方向である。駅の回りには色々なお店が乱立している駅そばでないと何もない典型的な郊外の駅という感じの町なのである。

10分も歩いたであろうか。一軒のシャッターの降りているビルの前で立ち止まった。

男の人が何やら鍵を出してシャッターを開けている。次第に店が現れてきた。

婦人服店である。ということはこの男性は店の人なのであろうか。

この店のことは全く知らなかった。といよりもこの店のある通りは私の生活するうえにおいてまず通ることのない道なのであるから知るはずもない。

「入ってください」と男の人がドアを開けた。

「早く入ってよ」と艶子さん。男の人は、いくつかの服を艶子さんに出している。

「あんたに来てもらったのは、どれが私に似合うか見て欲しい」と色々な服を手にしている。

なんだ、私は艶子さんの見立て役なのか。それならこの店の男の人に聞けばいいことだ。

なんで私なのよ。少し怒りをもってしまったのである。

しかし、何故この男の人が一緒に私の家にまで来たのかということが疑問である。

それはそれとして「あんたどれが似合う」といくつかの服を手にとって私に見せるのである。

いくつかの中から一つを選んで勧めると「やっぱこれよねぇ」と嬉しそうなのである。

こんな笑顔を見たことはない。艶子さんも女なのである。

「あんたはセンスがいいと思っていたから見て欲しかったのよ。あんたは見る目があるよね」と微笑んでいる。

何やら複雑な心境になってしまった。艶子さんに誉められても何も嬉しいことはない。

「横山さん、やはり私の言ったものですよね」と男の人が口を開いた。

この男の人も同じ意見なのであろう。しかし、この服の中からなら誰でもこれを選ぶのではないかと思うのであるが、じっとこらえて「艶子さんには一番ですよ」と心にもないことを言ってしまったのである。

ちなみに、50才代には多少無理のある、派手な色のカーディガンであるが、私にとってはどうでもいいことなのでそれを選んでみただけのことなのである。他はどうみても20才から30才代にしか無理であった。

それよりもこの店は40才代までが限界の若者の店であると思う。何故、艶子さんがこの店なのかと考えてしまった。

「これにする、店長これにする」と艶子さんははしゃいでいる。このおばさんでもこんなにはしゃぐのか。

「ありがとうございます。何日も悩んだかいがありましたね」何、これごときで何日も艶子さんは悩んでいたのか。

この人でも悩むことがあるのか。しかも、こんなどうでもいいことで・・・

「店長 あんたにも迷惑かけたね」と何やらねぎらいの言葉なのである。

艶子さんからねぎらいの言葉を聞くとは、信じられないのである。

「いえいえ、とんでもありません」と照れている。よく見るとこの店長はなかなかの二枚目なのだ。

背は低いのだが顔つきは精悍である。そして、何故私の家まで来てくれたのかという疑問も解決した。

つまり、彼の家は私の町内の中にあるのではなく隣の町内であって艶子さんと近所なのであった。

どうやら、この店のオーナーで久保という人らしい。

「あんた、まだ時間あるだろ」と服の御代を払いながら艶子さんが聞いてきた。

「すいません。早く帰って洗濯しないといけないので」と答えると「そうかね、時間があったらサンダルを見てもらおうと思っていたの」今度は靴か。靴まで私が見立てるのか。

「ほら、近くにあるフアッションセンターしまむらにいいのがあるのよ」少し残念そうな顔をしながらも今買ったカーディガンを羽織っている。

しまむらというチェーン店は、皆さんも知っているかと思うが、格安で良いものが揃っている。衣服から靴まで何でもあるのである。本当に格安である。靴下などは150円くらいからある。

このしまむらという店は全国に1000軒もあるらしい。

私も好きな店の一つである。特に息子のものや私のものはほとんどここで買っている。

しかし、何故、艶子さんがこの店長の店で買おうとしたのかは不明であるが何か縁があったのであろうか。

「今度見てよ、今日はいいから」と何やら私が艶子さんの部下のような感じである。

しかし、この艶子さんという変人にも人をねぎらったり感謝の言葉を発することがあるのだということが分かったことは少しほっとしたのである。

それから急ぎ家に戻って洗濯開始である。

時間はほどなく12時になろうとしている。無駄な時間を浪費してしまったという気持と艶子さんの以外な一面を見たという気持であった。やっとのことで洗濯と掃除を済ませて昨日できなかった買い物に出かけたのである。

すでに、4時を回っていた。子どもは一度帰ってきて、友達の家に遊びに行ったようである。

掃除をしている時に帰ってきてランドセルをほおりなげて出て行った。

さて、今私は近くのスーパーで買い物中である。不足していた野菜や肉をしこたま買っている。

このあたりでは有名なチェーンのスーパーであり、食品なら何でも揃うので重宝している。

以前、住んでいたところには大きなスーパーは無かったのでとても嬉しいのである。

近所に大きなスーパーがない地域というものをテレビの何かで見たことがあるが、車のある人なら何も問題はない。しかし、車もないお年寄りだと大変なのである。過疎化の進んでいる地域に住んでいる人は大変だろうと心が切なくなってしまった。コンビニだけだと揃わないものである。しかも、自分の欲しいものがない時もある。

つくづくここに越してきて楽になったと思うのである。

全国で不便な生活をしている人に何とかして買い物が楽にできるようになることを行政は考えて欲しい。

何十分もかけて生活品を買いに行くという日々の行動は辛いものなのである。

総理大臣になった人にも日々買い物に行ってもらいたい。そうすればその大変さというものが分かるというものである。なんとかならないものなのであろうか。買い物をしながらふと頭をよぎった。

丁度、その時である。後ろから大きな声で私を呼ぶ声が聞こえてきた「田口さん 田口の奥さん」と振り返ると

近所のパン屋の奥さんである。実は、私は大のパン好きであって2日に一回は食パンを食べないと死んでしまうくらい好きなのである。

「小田さん 後で寄ろうと思っていたのよ」と私は答えた。