第二章 初めて仲間ができた
次の日、大学の入学式は無事に終了した。
式典は最初から最後まで緊張の連続であったが、何か新しい旅立ちにふさわしい日であった。
今日から大学生としての一歩が始まる。僕一人で何年になるかは知らないが生きていくことになる。
不安と期待との複雑な交差が心に重くのしかかっている。19年間生きてきて、これからは全く別世界へと行くのだ。
入学式典は盛大であった。全国から色々な人が来ているのであろう。色々な方言が飛び交っていた。
親と一緒に来ている人もいるし、僕と同様に一人で出席している人もいる。
親と一緒に来ている人が羨ましい。かあさんが一緒に居てくれたのならどんなに心強いかと思った。
式典の後で、クラスの発表があった。僕のクラスは80人くらいがいるらしい。
明日はオリエンテーリングとなる。学校生活についての指導があるとのことで明日は9時までに行かないといけない。4年間は同じクラスの人と一緒に勉強することになる。
どんな人がいるのであろうか。また僕はいじめにあうのか。それとも皆に無視されるのか。
そんなことを考えてしまうほど僕はいじめにあったり無視されてきたのだ。
しかし、僕にとってはそのような経験は何年もある。もし仮にそうなったとしても何も怖くはない。
友が出来ないとしても今までと同じことなのである。そして、一人で生活するだけのことであった。
何年もの寂しく嫌な経験に慣れてしまっていたから怖さはないのだ。
大学といえども人が集まっている場所においては同じではないのだろうか。
いじめや無視されるということは、いつ何時においても起こるものである。
式典終了後、しばらくキャンパス内をゆっくりと歩いてみた。
式典のお祭り騒ぎは嘘のように静まりかえっていた。キャンパス内の人はまばらであった。
僕は、かあさんに言われて持ってきたカメラを取り出すと式典の垂れ幕を何枚か撮った。
実家に送るように言われていたのだ。一人で垂れ幕を撮っているとふいに声をかけられた「撮りましょうか」と新入生のように見える男であった。「垂れ幕の前に立ってみたら・・・」と続けて話してきた。
まだ、あどけなさが残る。僕も誰がみても高校生くらいにしか見えないかもしれないが、僕以上に幼く見える人であった。「いいんですか、お願いできますか・・・」と伝えた。
式典の垂れ幕の下で僕の姿があったなら、どんなにか母や父が喜んでくれるかもしれないと思ったのだ。
「はい、いいですよ」と承諾してくれたので小さく頷いた。
何枚か撮り終えると彼が話しかけてきた「どこからですか」と聞く「九州からです」と答えると「僕は栃木からです、立野といいます」と名前まで言ってきた。確かに、今日の入学式は法学部のみであるから、同じクラスの人かもしれないと思い「井上です、Bクラスです」と告げると「えっ、同じクラスです、宜しくお願いします」
と軽く一礼してきた。「そうなんですか、同じクラスだとは奇遇ですね、こちらこそ宜しくお願いします。東京に来て何も分からないので色々と教えてもらうと助かります。今は埼玉に住んでいて、そこから通います。大学までは1時間と少しかかる距離です。もっと近いところに住みたかったのですが・・・」と僕らしからぬくらいに初めて会った人に対して流暢に話していた。
「僕は自宅が栃木県の宇都宮の近くなので自宅から通います、2時間半以上かかるので大変ですが・・・」と笑って答えてきた。
「えっ、2時間半以上もかかるのですか、近くに引越ししたら・・・」と聞くと「親が駄目だと言うのですから、無理なのです。大学行かせてもらっただけでも有り難いので無理は言えません」とさりげなく答えた。
その瞬間に思ったことがあった。彼は僕なんかよりもはるかに大人だ。僕が彼の立場であったなら、絶対に近くに住まわしてくれと言い張ったと思う。親元で暮らすということは絶対だと思っているが、2時間半以上も時間をかけて通うことはとても無理だと思う。そうであれば、大学の近くに部屋を借りて週に1度か2度実家に帰るという形を選ぶのではないだろうか。
彼は親の意見に従い自宅からの通学を選択したのだ。何か理由があってのことだとは思う。親として子を一人暮らしにさせたくない、また、その過程において資金的な問題もあるのかもしれない。そんな推測をしながら「毎日が大変ですね。朝も早いし・・・近くが楽だと」と聞き返すと「農家なので朝早いことには慣れています、高校に通う時も朝5時に起きていましたから平気です」と坦々と話している。
「そうですか、明日からは宜しくお願いしますね。初めて話したのが同じクラスで立野さんだったので嬉しいです」
と言うと「そうですか、僕の高校からは今年も30人くらいが入学していますから、今日は何人かと会いました、両親も来ていたのですが、先に帰ったのです。僕は少し近所を見たりしてから帰ろうと思っていたので・・・」と言う。
彼の高校からは30人も入学したいたのだ。彼はかなり優秀な高校にいたのだと思った。
そして、彼は現役で合格したに違いない、つまり、僕よりも年下なのだと思った。
僕の場合は浪人していたのであるが、確かに、年下や年上が多数存在しているのが大学なのだと認識している。
「では・・・」と言って立野さんは去っていった。何かもう少し話したいと思っていたのだが、どうやら僕の聞いたことが何かその場の雰囲気を壊したのかもしれない。
初めて会った人のことに深く干渉することは良くないのかもしれない。
立野さんの後ろ姿を目で追いながらそんな気持になった。
同じクラスの人と会ったのに悪い印象を与えたかもしれないと思い、何かもう少し話したいという気持が入り乱れて後を追った。
「立野さん・・・」と小走りに近寄って声をかけた。
「少し時間はありますか・・・」と聞くと振り返り「ええ、駅までブラブラしながら歩いて行こうと思っているから」と言う「僕も同じですから一緒に行きませんか」と聞いた。
「いいですよ、駅の周りも知りたいと思っているし、何度か来たことはあったのですがゆっくりと歩いたことがないので少しは知っておいたほうがいいと思って・・・」と言う。
「僕なんかは何にも知りませんし、ここに来たのは4度目です。一度目は入学試験、2度目は合格発表と入学手続き、3度目は昨日、そして4度目は今日・・・」と言うと「そうですか、地方の人なら仕方はないですよ。僕でも8回くらいだと思う。普段に用はないですから来ることは無いです。昔からこの大学に入りたかったから高校の時に何度か来たことがあったのです」とゆっくりと歩き始めた。
「そうですよね、宇都宮なら日帰りが楽に出来る距離ですよね」と言うと「ですから親は自宅から通いなさいと言うのですよ」と言った。
「立野さんは現役ですよね」と聞いた「はい、井上さんも現役でしょ」と聞き返してきた。
「浪人です、現役では無理だったので・・・」と小声になった。
「えっ、現役だと思っていた・・・」と少し驚いた顔になっていた。
「現役に見えますか、幼いと人には言われるのでそう見えたのだと思いますが、今年で20才になります」と言うと「一年先輩なのですね、宜しく」と何か少し言葉使いのトーンが変化しているのを感じた。感じたというよりも何か年下なのに同じ年として話しているような感じがしたのだ。
僕の推測ではあるが、違う年であったとしても、同じクラスということは名前を呼ぶ時にもクンでなくてもいいのだろうか。年上であれば、クンかサンになるのではないのだろうか。
僕が浪人していた時には、予備校のクラスの全員が一浪であったから名前を呼び捨てにしていた。
「井上さんは、将来は何になりたくて入ったの」とまるで友達感覚で聞いてきた。僕として少し気になった言葉使いであったが、少し間をおいて答えた。
「特に何も深くは考えていませんから、ここで将来何になるかということを探してみようと思っています」と年上なのに年下の人に対して敬語を使っていた。本当は、弁護士か裁判官になれればと思って入ったのであるが、何か気恥ずかしくて言えなかったのだ。
「そう、それもいいと思う。僕は弁護士になりたいので入ったの」と更にざっくばらんな言葉となっていた。
続けて言う「それに、弁護士になるということは社会にとって貢献ができると思うし困っている人の力になりたいからね」とまるで大人である。
その言葉を聞いていると自分がいかに幼くて何も真剣に考えずに入学したことが恥ずかしくなった。
確かに、ある有名教授の授業を受けてみたいという思いはあったのだが、真剣に、そこまでは考えていなかったのである。ただ、法律家になれればいいと・・・
「立野さんは凄いですね、僕なんかよりも将来について真剣な考えを持っています、僕よりもはるかに大人だと思いますよ」と感心したように言ってみた。