モロトフ=リッベントロップ協定

外相同士の名前が残るのは、ある意味凄い。

お互いに個性が強いのか…それとも

歴史の表舞台に登場したのは、やはり1939年8月23日

世界を震撼とさせたこの2人

NO.2故にあまりスポットが当たらずに謎も多いが

とにかくも両国とも得るものが大きかったが故に名を残した。

そう『独ソ不可侵条約』


まずはモロトフから。
スターリンの片腕として、乗り込んだ1940年11月13日のベルリン。

リッベントロップ外相より「英国の敗北は必至」に

「今、上空を飛んで爆弾を落としているのは、どこの国の飛行機かな?」

と、やり返したのは、

一筋縄ではいかないエピソード。

リッベントロップがモスクワ訪問した時に、

スターリン、モロトフを大変気に入リ

意気投合した経緯もあり

モロトフにリップサービスだったかも?ですが

これには総統や外相は一瞬冷静さを失った。

「たまたま今飛んでいるだけだ」と総統が応戦したとか…

そのモロトフ。1986年まで生存し長寿を全うしたのは驚きもあります

そしてリッベントロップ

ソビエトとの交戦は痛い目に遭う。

と分析していたこと。

が、その分に英国を軽視していた。

で、日本とイタリアを加えた

四国同盟に熱心だったのだが…

1941年4月の日ソ中立条約には冷めた目で見ていた。
「この時期に価値があるのかと」

そして、6.22に何を思ったのかと…