戯曲「この世界は最善の世界です」 | 図書館的音楽

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登場人物:男、神

所:男の自室。男の他に誰も居ず、独り言を言っている。


男 「ライプニッツという哲学者が言ったらしい、この世界は最善の世界だと。詳しくはよくわからないがこれだけは言える。多分そいつは何もわかっちゃあいない。この世界が最善であるはずがない。もっと良い世界が作れたはずだ。最善ならなぜ人間は争う?馬鹿な人間がこれ程までにいる?今日もバイト先のコンビニには頭の悪いクレーム客が来て最悪だった。もしこの世界を作った神がいて、この世界を最善だと考えているのなら、その神こそが馬鹿なのだ」

??? 「それは聞き捨てならんな」

(初老の男性が登場する)

男 「(驚いた様子で)あなたはだれですか!?一体どこから?」

???「私はこの世界を創造し管理している者……君たちの言葉を借りて便宜的に神と呼んでくれてもいい」

男 「え?神?いきなりそんな事言われてもちょっと信じられません……なにか証拠でも見せてくれるのなら……」

神 「神を試してはならないと君たちが作った聖書に書いてあるだろう?」

男 「聖書は読んだことないです」

神 「そうか、まあ、それはさておき……大丈夫、悪いようにはしないよ。君の前に現れたのは下界調査も兼ねたちょっとした暇つぶしだと思ってくれ。ここであった一連の記憶も最後には消すから君は覚えてはいないだろうけど」

男 「神と会話したなんて周りに言っても狂人扱いされるだけなんで記憶を消されなかったとしても言いませんよ……」

神 「(少し間をおいて)ニーチェって知ってるかい?」

男 「なんですか?藪から棒に、はい、名前くらいは知ってます」

神 「散歩中に天啓を受けてツァラトゥストラを書き上げたってエピソードを知っているか?あれは実際に神とこうして喋った経験からインスピレーションを得て書かれたものなんだ」

男 「神と……つまり、あなたはニーチェと会話したんですか?」

神 「いや、正確には前の神だけど」

男 「前の?あなたではない?」

神 「どういうわけか記憶を全て消さず、一部を残したんだ。個々人への介入の記憶は全て抹消しなければならないのだが、それがバレて左遷された。だから今、自分がこの世界の管理を引き継いでいる」

男 「……ものすごく色々と突っ込みたいんだけどやめておきます。とりあえず僕が信じなければ話が進みそうにないので、あなたが神であるということを一旦信じることにします」

神 「君はなかなかに聡明だね」

男 「本当に聡明なら、冷静にあなたを頭のおかしい不法侵入者として警察に通報してますけどね。で……その神が僕に何のようですか?」

神 「(笑みを浮かべながら)どうやら君は神……ひいてはこの世界に不満を持っているようだね」

男 「(ばつが悪そうに)まあ……、もしかして僕の独り言を聞いて罰を与えに来たとか?」

神 「いやいや、別に怒ったりもしていないよ。君は疑問視していたけど、ある意味においてはこの世界は最善に作られているよ」

男 「本当ですか?この世界が最善?そんなわけない」

神 「なら実際に体験してみるか?ほら、このCDをパソコンに入れてみろ」

男 「(CDを受け取り)なんですかこのCDは?」

神 「私がやっていることを超簡単にエミュレートしたシミュレーションゲームだ」

(二人はPCの前に移動し、男がCDドライブにCDを入れる。読み込み後、タイトルが表示される)

男 「世界ツクール……随分安直な名前ですね……」

神 「名前はテキトウに考えた。世界とついているが宇宙が誕生するところは端折ってある。簡単に言えば惑星で知的生命体を発展させるゲームだ。かなり限定的な世界だが君らにとって世界=地球みたいなものなので分かりやすいだろう。とりあえず、スタートをクリックしてみて」

男 「(スタートをクリックし)色々な項目が画面にでてきましたね、あと、右上にあるこの10000という数字はなんですか?」

神 「そのポイントを色々な項目に振り分けて、最後に実行をクリックするとシミュレーションを走らせることができる。例えばその気象のタグを開いて、(画面を指差す)そこに雨の頻度に関するパラメータがあるだろう?」

男 「はい、現状、数値がゼロですね」

神 「ゼロだと雨はほぼ降らない。なのである程度、持っているポイントを使って数値を上げる必要があるが、恵みの雨とはいえ降りすぎても作物が育たないし、河川が氾濫を起こして文明も育ちにくいだろう」

男 「なるほど、このポイントをいい感じになるように各項目に割り振って、理想の世界を作ればいいのか」

神 「そのとおり。話が早いね。それと、項目によっては雨と逆でポイントを盛ることによって頻度を下げるという場合もあるのでその辺のポイントの振る舞いはその都度、説明を読んで対応してくれ、例えば……」

男 「とりあえず、細かいところはやりながら覚えます。ポイントを割り振って実行を押した後は何をすれば?」

神 「その後は観察しているだけでいい。君の設定した数値を基準に世界が進むから。創造主といえど色々ルールがあって、世界が動き出した後はあまり大きな介入はできないんだよ」

男 「なんか思ってた神様像と全然違うなぁ……色々制約があって……」

神 「もし、今の世界よりも良い世界が出来たら、君を神様にしてやらんでもない」

男 「ホントですか?二言はないですね?今よりも人類が幸せな世界を作ってやりますよ」

神 「ああ、がんばってくれ。一時間したら様子を見に来るから、良い結果を期待しているよ。右クリックでヘルプとアドバイスを見ることもできるから活用したまえ。あと、観察するときは任意の倍速にもできるから。じゃあ」

(神が部屋から退場する)

一時間後

(神が再び登場する)

神 「どうだ、調子は?」

男 「ポイントを各項目に割り振った後、実行して時間経過を観察しているんですが……うーん……」

神 「その様子だと、思うようにいってないみたいだな」

男 「理想の世界を作ろうとすればするほどうまくいかないですね……」

神 「Lのキーを押すとログを見ることができるから、ちょっと見せてくれ」

男 「はい(Lを押す)」

神 「(ゲーム画面を覗き込む)大規模な火山噴火や地震、その他、災害が頻繁に起こっているな……君の作った世界の自然環境はとても不安定だ。もっと安定するようにポイントの割り振りを考えないと」

男 「それは分かっているんですけど、マストだと思う項目が他にあって、できればそっちに回したいので、このポイント配分をベースに色々と試してるんですけど……」

神 「しかし、理想の世界を構築したいなら早急に対応すべきことだと思うけどな。何にポイントを割り振ってるか見せてくれ」

男 「はい」

神 「(画面を一通り眺めた後)見たところ知的生命体のかしこさに関するパラメータに結構なポイントを割り振ってるね」

男 「そうですね。馬鹿な人間がいない世界……すごく生きやすい世界でしょう?この世界の人類の知能指数平均値はかなり高く、品行方正です。科学の発展も早いだろうし、それにより生活も豊かになる。なにより無能なのに態度だけでかい上司も、敬語すら使えない低俗な客もいない世界……素晴らしいじゃないですか」

神 「君の私怨は知らないが、ただ、科学の発展が幸せに直結するとは限らないし、皆が賢くなくても、一部の賢い人間がいれば世界は回り、科学は発展するものだよ」

男 「高度な科学が自然を御してくれると思ったんですが、そもそもこれでは科学が発展する前に自然に潰されてしまいますね……(しぶしぶといった面持ちで)わかりました……背に腹は代えられないのでポイントを減らします」

神 「まだまだポイントが足らないな……どこか削らないと……(再び画面を見ながら)後は……そうだな……知的生命体の友愛度に関するパラメータにもポイントをすごく割いているな」

男 「はい、争いのない世界こそ、良い世界です。僕の作った世界の人々は共に手を取り合って団結し、互いのことを思いやり、戦争もほぼ起きていません」

神 「だが、戦争やテロの比にならないぐらい、天災で人類が命を落としているぞ。気候が変動する規模の火山の大噴火も起きているし……こんな世界では到底暮らせないな」

男 「仕方ないですね……わかりました大幅にポイントを減らして、環境面にあてがいます」

神 「あとここのパラメータも盛りすぎじゃないか?それとここも……」

(数時間の試行錯誤の後)

神 「どうだ?今回はいけそうか?」

男 「はい、何回もリセットしながら細かく調整して地殻、火山、気候の状態……諸々の環境面は比較的安定してきました」

神 「理解が早いな、ログを見ても人類が滅亡に瀕するような大きな問題はなさそうだ」

男 「ただそこに結構ポイントを割いてしまったので、肝心の人類に目を向けると……相変わらず争って、おろかで、今の世界と全く変わらないです」

神 「人類が永住できる星を作るだけで結構コストがかかるからな」

男 「そうですね……悲しいかな人類は低コストでも大局的に何の問題もない」

神 「君の望む高水準な人類は作れそうか?」

男 「いろいろ試しましたがうまくいきませんでした。今のポイント配分が一番良さそうですね……僕が試した中では……」


「"この世界は最善の世界です"」


―幕―