
国立西洋美術館で開催中の『ボルドー展』。
その記念講演会の3回目。
今回の講師は九州大学大学院教授の土居義岳氏。
HPにあったタイトルは
「ボルドー:建築をとおして都市の生き残り戦略史を読む」
なんですが、今日行ってみると
「都市ボルドー18世紀を活気づけた人びとは、なにをめざしていたのか?」
と言うタイトルがスクリーンに表示されていました。
たぶん、タイトル変更ですよね。
美術の専門家ではなく、建築の専門家で、自身も建築家という方。
大学で教鞭をとっていると言う事もあり、話にも慣れていて、
中々面白かったです。
ヨーロッパの大陸にあるところなので、ローマ時代の話は避けられません。
って言うか、“ブルディガラ”と言う名前の店を時々見かけますが、
それって、ボルドーの古い名称だったんですね。
ルーテシアもあるから、フランスの土地の古名って、
お店の名前にポピュラーなんですかね。
それはそれとして、ローマ時代の遺跡も残っていて、
パレ・ガリアンと言う闘技場跡があったり、
17世紀頃まではチュテル神殿という神殿も有ったらしいです。
ギリシアやローマに神殿はイメージできますが、
フランス・ボルドーに神殿か・・・。
ちょっと想像がつかないですね。
興味深かったのは、16世紀から18世紀頃の近世は、
王権と地方の有力者たちは、権力などを巡って争っていたということ。
王権の象徴としては地方長官(王権の代表)・地方総督(軍人)、
地方有力者達の集まりとしては、高等法院などがあったみたい。
一応市長も17世紀の一時期を除いて居たようなんだけど、
実は不在地主ならぬ不在市長の様で、実質的には意味が無かった様です。
高等法院は裁判所なんですが、その官職は売買の対象になっていて、
地方有力者などが買ったりしているので、必ずしも王権に従順と言う
わけでも無い様で、ボルドーの場合、18世紀に地方長官が市壁の外側を
開発しようとした際、地方長官の思う通りすんなりとは行かなかったみたいです。
王権に従順で無いと言う事で言えば、市の象徴として、
鐘があるらしいのですが、17世紀の一時期、
国王から市の鐘を取り上げられていたらしいです。
それで、上記の地方長官の「地域開発」の件ですが、
結局、地方長官の意図が通って市壁の外側が行われ、
その結果のためか(?)産業振興が進んで、
経済はメッチャ発展したようです。
こう言う視点の講演も非常に良いですね。
今回のボルドー展は、絵画だけではなく、
ボルドーと言う都市に焦点が当てられ、
その歴史から振り返る展覧会なので、
マッチしていたと思います。