カーネーションの花が送られてきた。
本島で暮らす息子夫婦が贈ってきたのだろう。
母の日の発祥は20世紀初頭のアメリカ。
アンナ・ジャービスという人のお母さんが亡くなった。
アンナは母の追悼会を開き、生前母が好きだった白い
カーネーションを参列者に配った。
この出来事をきっかけに全土に広がった。
日本に伝わったのは、明治の終わり頃とされている。
大正時代に入るとキリスト教会関係者の間でカーネーションを
配る母の日イベントが行われるようになったそうだ。
よく宮古島には民放が放送されるまで、ひな祭りや節分の
豆まき、鯉のぼりをあげる習慣も七夕祭りもなかったという
話しをする。これらは民放が放送されるようなって幼稚園や
家庭でも行われるようになった。
ただ不思議なことに「母の日」は、小中学生、高校生が花屋さんに
カーネーションを買うのに並んでいた。
儒教色が濃い沖縄では母は偉大な存在、もちろんその上にオバァが
いるが母の日にはお母さんに花やプレゼントを贈る習慣はあった。
今はキビ狩も機械化が進んだが以前はほとんど手作業で
キビ狩が行われた。髪の毛を染めてヤンキーな子供達も
キビ倒しは重労働だとわかっているので、学校を
サボっても親のキビ狩は手伝う。
島の子達は親を大切にするのだ。
