現在でもエホバの王国、日本県での自治体格差(会衆)は顕著です。2世3世がほとんど「脱北」してしまったところと上手く育てたところ。僕の地元はかなり上手く自治をしているところで3世フィーバー真っ盛りです・・・
逃げた人間からすると「良い状態」というのは微妙なんですがね・・・生まれてきた3世たちが、ですよね(;´д`)
ももきちさん、まとめるの大変だったでしょうに、おもしろい分析ありがとうございますm(__)m
人間の性生活と子育て、共同体の在り方というのは古代から現代に至るまで様々ですね。この日本もしかり。明治維新前と現代とではずいぶん違うようです。
本来の盆踊りとは。。。なんてのも興味深い(ФωФ)
JW、特に僕達2世は、JWの価値観、文化が常識で幸せに至るものだと教え込まれ、そうなのだろうと思っていたわけですが、覚醒してみるとそうでもないことがわかったわけで(´;ω;`)
人類史を色々な視点で勉強してみると価値観の許容幅が広がりますし、じゃあみんながもっといい感じに生活できるにはどーしたらいいかというヒントもそこにあるんじゃないかと思います。
下記に参考になるサイトがあったので貼っときます(`◇´)ゞ
正規開拓はおそらく10年弱やってた
やる気のない若者だったが、JWとしてのプライドはそこそこ強く
だらだらと二十歳過ぎたころから、
ああ、たぶんこのままJWとして生きていくんだな
なんて漠然とした覚悟をしたのだと思う
でも奉仕は大っ嫌いだった
とにかく小さいころから
最後まで好きになれなかったなあ
正規開拓を始めた理由は結局、JWの中でそれなりに楽しく生きていくには必要だと思ったから
熱意とか信仰ではなかったな
開拓者学校は、教科書が改訂されて栄誉ある第一期生
古い特開ばかりと、熱意に燃えた若者たちが多数のボリュームのある同期生だったな
周りの若者たちが強い使命を帯びて元気に注解する姿をみてぼくはちょっとびっくりしてしまった
ああ、みんなこんなにもまじめに開拓者としての使命を感じているんだ
ちょっと劣等感を持ったものだ
学校自体はワイワイできて休憩はみんなで騒いで楽しかった
でもね
若者たちで最後まで正規開拓を続けていたのはぼくを含めて数人だった
適当な奴のほうが続けられるという皮肉なお話
奉仕も嫌いだったが、再訪問はもっと嫌いだったな
たぶん、おそらく、本気で興味を持つ人なんてほぼいないのに
無理矢理理由を探して押しかけるあの感じがぼくには耐えられないんだろう
人見知り小心者の性格にも耐えがたい拷問だ
生まれ育った会衆は同世代の男女がほとんど離れずほとんどが正規開拓をやっているという状態だったから
奉仕の前後の仲間とのイベントでそれなりに楽しくできてたのだろうな
必要で出た会衆は地元の会衆とは正反対、若者はいなくて、そもそも兄弟もぎりぎり10人いるかどうかの会衆
奉仕は取り決め以外はだいたいひとりだったな
そもそも奉仕が好きではない人間にとってはじわじわとHP/MPが削られる日々
この時期になると冬の夕暮れ時に一人で奉仕で歩く町は今でもふっと思い出す
手ごたえがなく不毛な区域を歩く作業
孤独感も合わさって無意味さを感じたり
無意味さを感じてしまう無能な自分にがっかりしたり
あの孤独感も覚醒の下地になったのかもしれない
ノスタルジックにふと思い出す開拓奉仕の思い出