誠は、天の道なり。これを誠にするは、人の道なり。
これは、わたしの出身高校の中庸です。
わたしはこのあともつらつらと続く長々しい中庸を入学してすぐあるオリエンテーションで暗記しました。
中庸暗記は学校の恒例行事です。
わたしの母校は、誠之館といいます。
安政の時代、福山藩主の阿部正弘によって設立された藩校でした。
なぜ中庸?
そう思う方がいるのでは…?
なぜなら、「誠之館」という名前は、孔子の中庸に由来するからです。
孔子の言葉
誠は、天の道なり。これを誠にするは、人の道なり。
私たち、誠の子はこれを掲げて高校入学したわけです。
誠之館は文武両道。
毎年数名は東大京大がでる進学校です。
地元ではちょっとした親孝行校。
わたしのように、定員割れで入学できてしまったパターンもたまにありますが(笑)
OBにはかなり大御所な方たちがいたりします。
小説家・井伏鱒二もその一人。
最近では、これまた小説家・島田荘司さんも
6月公開の映画作品の原作者として、お忙しくされているようです。
出身者に小説家が多いということで、
小説の街とも言われるわたしの地元福山。
しかし、彼らの活躍の裏にはとてつもない壮絶なストーリーがあるわけです。
島田荘司さんも以前お話をしたとき、
誠之館生は、福山藩主・阿部正弘の意思を継ぎ、阿部正弘が西洋の学問を理解したようにグローバルになったほうがいい、とおっしゃいました。
わたしは高校時代について、もう少し勉強しておけばよかったと今でも思います。
ただ、そのときは阿部正弘?は?というかんじなわけです。
何が言いたいかというと、
誠之館入学時に出会ったあの言葉の本当の意味を今理解できたということです。
誠は、天の道なり。これを誠にするは、人の道なり。
春が来れば夏になる。水は高いところから低いところに流れる。
天の道とは、自然の摂理。
これらはすべて「誠」つまり本当のことですから、それを誠にすることが人の道であるのです。
百姓は野菜を作るのが仕事。
放って置いても野菜は育ちますが一生懸命育てなければいい野菜は育ちません。
本来、野菜は一生懸命育てれば、立派な野菜になるはずであるのだから、
これを誠にするのことが、百姓の仕事なのです。
わたしは、なりたい自分になれるのか?
それは問題ではないわけです。
誠にするのは自分なのだから。
by いたの