銀座・新橋・有楽町 ブログランキングへ
銀座検定 第21問 次のうち銀座にない住居表示は
(1) 銀座一丁目1番1号 です。
地図で確認してみましょう。
銀座一丁目に1番はありません。
1番があるのは、銀座四丁目と五丁目だけ
また、現在の銀座の街は、京橋方面から新橋方面に、
銀座1丁目から銀座8丁目までが順番に並んでいますが、
4丁目と5丁目を除いて、1番はありません。
道路や高速道路の整備によりこのようになったようです。
意外に不揃いな番地
なお、銀座中央通り(銀座通り)を、
京橋の方向から、
左手の地番に注意して歩いて行きますと、次のようです。
銀座一丁目8番 今、ビル建設中、銀座アスターなどの区画
銀座二丁目7番 銀座メルサ、伊東屋(改築中)などの区画
銀座三丁目6番 ルイ・ヴィトン、松屋の区画
銀座四丁目6番 田屋、三越の区画
銀座五丁目8番 日産ギャラリー、銀座コアの区画
銀座六丁目10番 松坂屋(改装中)、プラダの区画
銀座七丁目9番 銀座ライオン、H&M、ヤマハの区画
銀座八丁目9番 スワロフスキー、天国の区画
銀座五丁目6番にある店を探すとき、
三越のブロックが四丁目6番だとわかったら、
誰でも、晴海通りを渡った、日産ギャラリーや銀座コアの
あるブロックを探しますよね。
でも、それでは辿り着けないというわけです。

これは、ギンタロー。が実際に経験したことです。
ある日の会合で、少し遅れる可能性があったので、
予め、店の「名前」と「住所が銀座五丁目6番」ということを聞いて
メモっておきました。
これで、誰でも、辿り着けると思いますよね。
ところが、銀座コアの中や周辺をいくら探しても、そんな名前の
店はありません。メモは間違っていないハズです。
会合のメンバーの携帯電話に電話しても、電波がつながら
なかったり、出てくれない。慌てましたね。
結局、会合の開始時間から1時間以上が経ってしまい、
それでも、わからない。
フテくされて帰ってしまったという次第です。
銀座は中央通り(銀座通り)と昭和通り、
それに直行する晴海通りによって整然と区分されて
いると思っていたのですが、
どうも違うようです。
札幌の市街のように、縦横にきちんと区分されて作られた
街ではないようです。
西銀座 + 銀座 + 木挽町 = 銀座
もともと、この地域は、
西紺屋町、弓町、鶴屋町、与左衛門町、尾張町、
南鍋町、加賀町、三十間堀町、元数寄屋町、木挽町などの
町屋の名前がついていた地域でした。
それを、
関東大震災後の復興計画の区画整理で、
この銀座一丁目~八丁目(東京路京橋区)の地域を、
京橋の方から、
銀座西一丁目~八丁目、
銀座一丁目~八丁目
木挽町一丁目~八丁目
というように、3つの町が並行して同じ地番を持つように
区分し、
それを、後に、
西銀座二丁目と銀座二丁目と木挽町二丁目を
統合して銀座二丁目にする
という区画整理を行ったために、こんなことが生じたようです。
鉄砲州神社と日枝神社
さて、銀座の氏神様を見ても、一つではありません。
東の地域は、新富にある鉄砲州神社、
西の地域は、赤坂にある日枝神社です。
それぞれのお祭りは、銀座でも地域を区切って取り
行われます。
つまり、今でこそ、
銀座一丁目から八丁目まで、整然と計画された街の
ように感じる人が多いと思いますが、
そうではなく、明治時代以降の変遷を通して形成された
街ということです。
関東大震災そして第二次世界で一帯が焼け野原になった
ことも、その過程での大きな要因です。
町屋の街並みによりできた街
銀座の街は、大元が町屋(町家)にを発展させて築かれてきたので、
商家の集まりがブロックとなり、その家々を路地がつなぐという町屋
の構造が、今も残っています。
時代劇や明治初期の映画やドラマで、昔の長屋の生活の描写は、
長屋の裏手には、井戸端から下水が町屋の外につながり、
共同の井戸水を汲んで生活する。
おかみさんたちが洗い物や洗濯をしながら井戸端会議にうつつを
抜かす、というというあれです。
味噌、醤油の貸し借りや、助け合いが自然な形でありました。
助け合わないと生きにくい時代だったのかもしれません。
銀座を歩くと、綺麗なビルやお店のあるその裏手に、路地があり、
共有地なんでしょうか、自由に通り抜けできるというところが
今もたくさんありますので、
商家の生活や町屋の生活を偲ぶことができます。
住居表示
一つのブロックである番地について、向かって左回りに順番に号数を
付けることによって、住居表示は成り立っています。
銀座二丁目2番2号のほかのゾロ目表示を探索してみますと、
次の住居表示が見つかりました。
銀座四丁目4番4号

銀座4-4-4 ARTーBUILDING

銀座七丁目7番7号
この銀座7-7-7の住居表示は、
台南担仔麺 屋台料理 「来来」と
「竹川画廊」が該当します。
フィーバー!! ですよね。
銀座八丁目8番8号


そこには、「銀座888ビル」が建っています。
このビルは、複合商業ビルですが、
1階に「QUARK888」という店があります。
http://www.909.co.jp/rolex_ginza/
3-3-3、5-5-5、6-6-6 は消えた
五丁目5番に行ってみました。
五丁目5番4号の住居表示の隣のビルは、
五丁目5番6号の住居表示でした。
5-5-5は見つかりません。
どうしてそうなるのか、考えてみました。
5-5-6の建物と5-5-5の建物を壊して、
その敷地に新しい建物を建てたような場合です。
新しい建物について、住居表示の届出をする必要がありますが、
新しい建物の所有者が、もともと5-5-6の住居表示で商売を
していたような場合は、いろいろな変更が面倒なので5-5ー6
の届出をすることになります。
こうして、5-5-5の「場所」がなくなることになります。
銀座は、これまで、どんどん新しい建物が建ってきました。
大きな面積の複合ビルへの動きが続いており、
今もそんな開発が進んでいます。
こうして、昔は、それぞれのブロックには、
「1号」から順番の号数がついた建物が、向かって左回りに
連続して建っていたのですが、
開発に伴い、今は、すっかり「号」は歯抜けになってしまい、
またおしゃれな外資系のビルでは、
ビルの壁に住居表示のプレートを貼らないケースも
多くなっています。
表示プレートはお役所に言えば無料でもらえるのに。
さて、それでは、銀座検定 第23問です
銀座検定(GINKEN) 第23問です。
銀座に9丁目はあるでしょうか。
正しいものは次のどれでしょうか。
(1) 数寄屋橋の別称は銀座九丁目である。
(2) 以前はあったけれど、今はない。
(3) 今はないけれど、九丁目の「記念碑」がある。
(4) 歌や店の名前には、あったかもしれない。
正解は、銀座検定24問とともに、お伝えします。

