◆「私は、イギリスで黒澤明の『七人の侍』を10回以上は見ている」 

 映画の話である。
 ただし、がつく。
 ただし、これは(一般論だが)、
「日本人が知らない日本映画」
 についての話である。
 私の体験から言っても、日本に生まれて住んでいて、日本のことを知っているつもりでも、一度日本を出て、外から見た時に見えてくる日本とは、ずいぶん違って見えてくるものなのだ。
 ただし、とここでも「ただし」がつくが、世界的な作家・三島由紀夫は、
〈海外旅行をするのなら、40歳ころでないとだめだ。その前では、若過ぎて、単なるsightseeing(サイト・シィーイング)で終わってしまう〉(以上、私の記憶に頼った三島の言葉である)
 などと語っていたが、この言葉は、一考に値する。
 中・高・大学生だと、外国の表面的なものしか見聞しては来ないはずである。
 実は、日本に居ながらにして、外国人と会話するだけでも、外国人の目を通した違った日本が見えてくることがある。
 私は、20歳代後半に、総合武道「新体道」を数年学ばせて頂いたことがあるのだが、当時の稽古仲間には外国人が多かった。
 アメリカ人、フランス人、イギリス人などであったが、その中のイギリス人の20歳代前半の女性との会話の中で、映画の話に花が咲いたことがある。もちろん、英語である。当時の私は、いまだにそうなのだが、ブロークン・イングリッシュであった。
 その時驚かされたのは、
「私は、イギリスで黒澤明の『七人の侍』を10回以上は見ている」
 という彼女の言葉であった。
 当時からすでに、黒澤明が日本を代表する世界的な監督であることは知っていたのだが、
私はというと、日本人でありながら、それまでに1回か、多くても2回見た程度だったからである。
 日本人の私にしてみれば、彼女の放った言葉は、カルチャーショックであった。
 以後、黒澤映画への見方が変わった。
 
 つまり、一度、海外へ出て、外国人と交流すると、こうしたことが何度も起きるし、いくつもの気づきを頂戴するし、日本人としての自覚が深まる、と同時に日本文化の見方が変わってくるのである。
 明治になって、日本人からはまるでごみ同然の扱いを受けて(浮世絵は、海外へ輸出される陶器などの包み紙として扱われていた)、見向きもされなくなっていた浮世絵が、欧米人の画家や画商やコレクターの目に留まり、注目を集めたことが契機となり、現在の世界的な評価につながっていることなども、その一例といって良い。画家のモネやゴッホが、浮世絵のコレクションをしていたことは知られている。
 文学にも同じことが言える。
 それは日本を代表する世界的な作家といえば、外国人は誰もが三島由紀夫の名前を挙げてくるのだが・・・、このことは、またの機会に触れさせて頂くことにする。

 ◆「映画監督が選ぶ史上最高の映画トップ10」のトップを飾っているのが、『東京物語』なのだ。 

 日本を代表する日本映画といえば、黒澤明の作品だ、と思うと、実は一概にそうとは言えないのである。
 黒澤の名前ももちろん必ずと言っていいほど挙がってはくるのだが、もう一人、忘れるわけにはいかない監督がいる。
 小津安二郎である。
特に、小津監督の
『東京物語』
 は、注目に値する作品だ。
 アクション映画などではない、ありがちな日常生活を淡々と描いた作品なので、百人が百人とも感動するとは思えないのだが、実に自然な演技に注目して欲しいし、小津監督ならではの独特のカメラ・ワークにも注目して見て頂きたい。

 以下に掲げさせて頂いた
「映画監督が選ぶ史上最高の映画トップ10」
 のトップを飾っているのが、『東京物語』なのだ。
 私は、以下に挙げてあるトップ10の映画の全てを見ているが、個人的には、黒澤明『七人の侍』も入れて頂きたいところである。
 個人的に、印象に残っている作品といえば、『めまい』『2001年宇宙の旅』『ゴッドファーザー』『タクシードライバー』『自転車泥棒』である。
余談ながら、A・タルコフスキーの作品では、私の場合は『惑星ソラリス』が一番印象に残っており、すでに何度か見てきたが、今からでももう1度見たい映画の一つといっていい。

 参考までに、世界的な映画監督の中でも、ウディ・アレンは(私はあまりこの監督は好みではない)、彼が選んだ10本の中に黒澤明『羅生門』(三船敏郎・主演)をノミネートしているし、フランシス・フォード・コッポラは、彼が選んだベスト10に黒澤明『悪い奴ほどよく眠る』(三船敏郎・主演)と『用心棒』(三船敏郎・主演。1961年、ヴェネツィア国際映画祭男優賞受賞)の2本を挙げている。
『タクシードライバー』(1976)の監督マーティン・スコセッシは、彼が選んだ「12本」の中に、溝口雄三『雨月物語』(京マチ子・主演。ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞受賞)を挙げている。

 余談だが、私は、『羅生門』『悪い奴ほどよく眠る』『用心棒』『雨月物語』も見てきた。ストーリーの難解な『羅生門』と、高校時代に読んで感動した上田秋成の読本『雨月物語』を下敷きとした『雨月物語』は印象に残っている。
『羅生門』は、1951年(昭和26年)9月、ヴェネツィア国際映画祭グランプリを受賞し、次いで1982年(昭和57年)、過去のグランプリ作品中最高の栄誉金獅子賞(Career Golden Lion)を受賞している。

 ◆「映画の撮影前や製作に行き詰まったときに、もの作りの原点に立ち戻るために必ずこの映画を見る」 

 ちなみに、『七人の侍』は、1954年度 ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞を受賞しているが、フランシス・フォード・コッポラやジョージ・ルーカスは、
「大変影響を受けた映画だ」
 といい、スティーヴン・スピルバーグは、
「映画の撮影前や製作に行き詰まったときに、もの作りの原点に立ち戻るために必ずこの映画を見る」
 などと語り、本作を絶賛している。

 これは私見である。
 映画としては、大変素晴らしい出来なのだが、時代考証という点で、一つだけだが、問題ありなのが誠に残念である。
 どこが問題なのかといえば、「ウィキペディア」にも
「戦国史家・藤木久志は、この作品が傑作であることを認めつつ、戦国時代の農民は基本的に武装し、状況に応じて兵士に早変わりする獰猛な存在であって、刀ひとつ持てないなどということはあり得ないとの批判を述べている」
 とあるように、戦国時代の農民たちは、常に帯刀して歩いており、その風習は江戸初期まで続いていたのである。(『刀狩、武器を封印した民衆』『日本の中世⑫、村の戦争と平和』参照)

 我が家では、子供たちに黒澤明の作品の素晴らしさを分かってほしくて、数年前(この頃、長女は中学2~3年生、長男は小学5~6年生)に『七人の侍』を見せたことがあり、その後ももう一度、一緒に見ている。
 初めて見せた時、
「全部で207分と長いし、おまけに白黒だし、最後まで見てくれるかな」
 との不安があったのだが、二人とも飽きることなく、食い入るように見てくれて、私の心配は杞憂に終わった。
 その後、二人には黒澤明『生きる』を見せてきた。

【映画監督が選ぶ史上最高の映画トップ10 (「BFI(英国映画協会)」発表)】        - The Directors’ Top 10 Greatest Films of All Time -
(※ 2位と7位は同票)
http://makemyself.blog64.fc2.com/blog-entry-636.html

1、東京物語
【 出演 】 笠智衆
【 監督 】 小津安二郎

2、2001年宇宙の旅
【 出演 】 キア・デュリア
【 監督 】 スタンリー・キューブリック

3、市民ケーン
【 出演 】 オーソン・ウェルズ
【 監督 】 オーソン・ウェルズ

4、8 1/2
【 出演 】 マルチェロ・マストロヤンニ、アヌーク・エーメ
【 監督 】 フェデリコ・フェリーニ

5、タクシードライバー
【 出演 】 ロバート・デ・ニーロ、ジョディ・フォスター
【 監督 】 マーティン・スコセッシ

6、地獄の黙示録
【 出演 】 マーロン・ブランド、マーティン・シーン
【 監督 】 フランシス・フォード・コッポラ

7、ゴッドファーザー
【 出演 】 マーロン・ブランド, アル・パチーノ
【 監督 】 フランシス・フォード・コッポラ

8、めまい
【 出演 】 ジェームズ・スチュアート、キム・ノヴァク
【 監督 】 アルフレッド・ヒッチコック

9、鏡
【 出演 】 マルガリータ・テレホワ、オレーグ・ヤンコフスキー
【 監督 】 アンドレイ・タルコフスキー

10、自転車泥棒
【 出演 】 ランベルト・マッジォラーニ
【 監督 】 ビットリオ・デ・シーカ


 最後になるが、2012年の
「評論家が選ぶ史上最高の映画トップ50 (「BFI(英国映画協会)」)」
http://makemyself.blog64.fc2.com/blog-entry-638.html
 には、日本映画が5作品ノミネートされている。
 3位に『東京物語』、15位に小津安二郎『晩春』、17位に『七人の侍』、26位に『羅生門』、50位が『雨月物語』である。

 日本人として、上記掲げさせて頂いた映画は、一度は見ておきたいものである。



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