●子どもが性に執着しないようにするには■息子・龍明のマイ・ブームは、ガンプラである 13日(木)である。 10時に起床。 日光に行かない息子・龍明(小6)と、久々の二人きりとなった。 日光の代わりに、どこかに連れて行ってあげたいのは山々だが、諸事情が許さないので、とりあえず、隣町の日進にある「イオン大宮店」へ出かけることにした。 今、龍明のマイ・ブームは、ガンダム・プラモデル、つまり 「ガンプラ」 なのである。 そういえば、最近、自分の小遣いでガンプラ「機動戦士ガンダムAGE(ガンダム・エイジ-1ノーマル)」を一つ買ってきて、一所懸命に作っていた龍明を目にしていた。 「完成したので、もうひとつ作ってみたい」 というので、ガンプラを見に来たのである。 みんなと一緒に、日光に行きたいのに行けなかった息子の無念さを思い、 「今日から数日間、龍明と遊んであげよう」 そう思ってのことである。 ある時は、龍明と同じ目線で、友だちのように会話をし、ある時は、父親や先生役を意識した。 友だちのように会話をしたのは、たとえばガンプラを見ている時である。 「龍明は、それがいいと言うけれど、お父さんだったら、こっちがいいな。なぜならね・・・」 などと積極的に関わった。 龍明は、結局、私が勧めた方のガンプラ「MS-06SZAKUⅡ(シャア専ザク、HG)」を買った。 一方では、マクドナルドで軽食を採るとき、お金を手渡して買いに行かせ、食べ終わってからは、後片付けの仕方を教えて、処理を頼んだのである。 龍明は、帰宅するなり、すぐにガンプラ作りに没頭した。 ■子どもの道徳的、宗教的感情を育て、美的感覚を発達させることで、性的衝動を適度に抑制する力を養うことができる いつもは、仕事に後ろ髪引かれながらの付き合いだったのを、今日は、仕事を忘れて、めんどくさがらずに、真摯に会話をし、付き合ったのである。言い換えれば、子供扱いをしなかった、大切な友人のように接したのである。 効果を期待して、そうしたわけではなかったのだが、なんと、その甲斐があった。 夜、私が一人で入浴していた時、風呂場のドアを開ける者があった。 龍明だった。 「お父さん、おやすみ」 そう言ってきたので、ちょっと驚きながら 「おやすみなさい」 と返したのだが、もちろん、普段からお互い「おやすみなさい」は言うように心がけてきたつもりだが、わざわざ風呂場まで、それもドアを開けて言いに来たのは、初めてのことだった(苦笑)。 今日は、いつものお父さんとは違って、一緒にいて、楽しかったのに違いない(苦笑)。 「ガンプラ、プラモデル、そんな時間があったら、他のことやらせた方が良いんじゃないの」 などと思われる方もいらっしゃるかもしれないが、かなり細かい部品が含まれているし、手先の器用さや図面の読解力をつけるには、もってこいなのである。 女の子の場合は、プラモデルというわけにはいかないので、手先の器用さを育むには、刺繍や縫物や料理がいいのかもしれない。 龍明は、シュタイナー教育で言えば、「第3・七年期」の入り口にいる。 いよいよ思春期ということで、性の問題がクローズ・アップされることになる。 第2・七年期、つまり7歳から12~3歳までの間に、道徳的・宗教的感情を子どもたちの内に育んでいないと、子どもは感覚的刺激を求めたり、性に執着するようになるという。 子どもの道徳的、宗教的感情を育て、美的感覚を発達させることで、性的衝動を適度に抑制する力を養うことができる、とシュタイナーは語っている。 道徳的・宗教的な感情とは、美的な感情を働かせたり、世界を美的に捉えていくということで、例えば、日の出や日没時の空の美しさや、花々の美しさを感じとれたり、烈しい雨や風から崇高な感情を受けとれることである。 というわけで、本ブログにも触れたが、数か月前に、私は、子どもたちと、雷雲の中に光る稲妻を観賞したことがあったし、子どもたちと外を歩く時にも、植物を観察するようにしてきたし、これでも、常々、子どもたちと自然界の美しさや神々しさを目にするように努めてきているつもりである。 にほんブログ村 ランキングに参加しました。 クリックしてください。