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昨日をもって96條の御話を終了するつもりが、ぼつぼつと言葉足らずな箇所をみつけました。けふはその補足を3つほどして、今度こそ最後の囘にいたします。
第一に、マスコミと學者とが權力者にすり寄って改正を煽る、と申したことについて。人によっては疑問をいだくかもしれません。マスコミのうち朝日新聞をはじめとする左寄りは改正に愼重ですし、憲法學者にいたってはそのほとんどが改正反對派です。それを知る人からすれば、わたくしが變なことを主張するかのやうに感じられませう。
たしかに、改正贊成派のマスコミは、讀賣新聞とか産經新聞とかの右寄りだけです。それくらゐならばたとひ改正を煽ったところでさしつかへは無いやうにも見えます。マスコミ内で主張する意見もほどよくバラけて、理想的な言論状況と言へなくもありません。
しかし、それは皮相の見解です。改正に贊成する右寄りマスコミが權力者の言ひなりかどうかはさておき、左寄りマスコミや學者が改正反對であるからと言って、かれらを權力にたちむかふヒーローであるとはみなしえないのです。(彼らはさう思ひたいでせうが。)
左寄りマスコミもまた、權力者の言ひなりであります。ただし、その權力者とは今の日本政府ではなく、かつてわが國を占領支配したアメリカです。そしてアメリカは、日本がふたたび強國にならぬやう、數々の封印をほどこしました。
そのひとつが、東京裁判史觀の普及・定着であります。公職追放・檢閲・焚書(圖書沒收)をおこなふことによって、まづは言論機關や學者を脅しつけ、《自主檢閲》ができるほどに調教しました。謂はば、洗腦したわけです。
洗腦された方はその自覺がありませんから、いまだに東京裁判史觀をアピールしてをります。憲法改正反對も、その一環にすぎません。したがって、朝日新聞など左寄りマスコミといへども、反權力のヒーローではなく、權力者に都合のよい主張をたれ流すデマゴーグにすぎないのです。
憲法學者も、事情は似たりよったりです。日本國憲法が制定されたとき、學者はみなそれを支持しなければなりませんでした。不支持は即刻クビです。逆にもろ手をあげて禮讚すれば、要職につけます。
そこで憲法學者がしたことは、大日本帝國憲法にたいしてあらんかぎりの罵聲をなげつけて、濡れ衣まで着せて、それを葬り去ることでした。そのうへで日本國憲法を完璧ですばらしい憲法であるかのごとく喧傳してきました。かれらは學者であるといふよりも政治活動家であります。強者になびくデマゴーグであることは、マスコミと變りません。
かたや右寄りのマスコミは、東京裁判史觀にしばられないだけマシのやうにも見えます。が、また別の問題があるのではないかと疑はざるをえません。
わたくしは、安倍晉三内閣をおほむね支持する者です。ただし、何から何まで支持するわけでは無論ありません。不支持の大きな點は、構造改革論者たちをのさばらせておくところであります。
アメリカが構造改革と稱してわが國の内政に干渉してくることは、みなさんも御承知のとほりです。その手先(副島隆彦氏の表現をかりれば「受け皿」)が、竹中平藏氏をはじめとする市場原理主義者・構造改革論者たちであります。
その怪しげな動きを見るに、疑念をぬぐひえません。すなはち安倍内閣は「保守」を隱れ蓑にして、アメリカによる日本支配を徹底させたいだけではないか、といふ疑念です。
ここに、左右マスコミや憲法學者が、同じ穴のムジナであることがわかります。左寄りマスコミ・憲法學者は、東京裁判史觀の普及・定着をはかることにより、アメリカの日本支配を《陰ながら》サポートする。それにたいして右寄りマスコミは、アメリカの意向に素直にしたがふことにより、かの日本支配を《堂々と》サポートする。
兩者は、「陰ながら・堂々と」といふ點を異にするだけで、あとは同じであります。陰謀作戰か陽動作戰かといふ違ひにすぎません。
また、したがふ對象も、占領支配したころのアメリカなのか、現代アメリカの意をくんだ日本政府なのかといふ違ひはあるものの、權力者・強者の言ひなりになるところは變りません。だから、信用がおけないのです。
第二に、國會議員3分の2の贊成にくはへて國民投票まであるのは、あまりにも嚴しすぎる、といふ意見について。
そもそも、國會議員の3分の2が贊成して發議された改正案を、國民の半分以上が反對することがあるのでせうか。もしあるとすれば、その原因は議論不足しかありません。
國民にむかって議論を開かず、密室で改正案をつくって發議したりすれば、否決されることもありませう。が、それは政治家がわるいのであって、嚴格な要件のせゐではないのです。したがって、3分の2+國民投票は、けっして嚴しすぎる要件ではないと考へます。
第三に、改正要件の嚴しさを言ふ人は、改正案を數で押切らうとする發想の持主ではありますまいか。
たとへばドイツは小黨分立の國で、與黨は過半數すらとれなかった。それでも改正できたのは、ひとへに野黨と對話をかさねて合意を形成してきたからです。合意無しに數で押切ったわけではありません。憲法改正とは、政治鬪爭の具ではないからです。
ただ、野黨(の一部)はどんな改憲にも反對する原理主義者たちですから、はじめから對話が成立ちません。改憲派もそこを問題として、要件の緩和を言ふのでせう。
ここで考へるべきは、ハナから對話すら成立たない憲法こそ、諸惡の根源ではないかといふことです。もっと言へば、日本國の自由意思にもとづかぬ憲法を《有效》として温存してきたことが、對話を妨げる元兇ではないか。改憲派は、第一歩目からして方向を誤ってをります。
(終)
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