雲を追って歩いたんだ

見失わないように、けれども何かにぶつかったりしないように気をつけながら

雲は形を変えてしまうから、目で追い続けるのも一苦労

でも、見失わないコツがあるんだ

雲を見るんじゃなくて、雲と空の境目を見ること

雲の白と空の青のコントラストを見る

そうすれば、雲が形を変えても見失わずにすむ

雲を追って追って追って、どんどんどんどん進んでいくと

だんだんだんだんと雲が薄くなってしまった

薄くなった雲は、もう空の青との境がわからなくなるくらいになってしまって、掻き消えてしまった

気がつくと、帰り道もわからなくなってしまった
さて、恐怖心というのはすべからく「未知」ってものに起因すると思うがどうだろう。誰だって先のことはわからない。わからないから不安になる。あるいは見たことも聞いたこともない正体不明のものは不気味に思える。「え?アレ何?アレ何?!ヤダヤダ怖い!」みたいな。

で、その「未知」から生まれた恐怖心を補強するものが「想像力」じゃあないかと思うわけさ。身近な例を挙げると、カサカサという音に反応して思わず「ゴキブリ?!」とか声を上げて見てみたら、実は入り込んできたカナブンだったり、とかそういうの。「幽霊の正体見たり…」ってやつだね。正体不明の未知のものを思わず先回りして想像してしまう。もしかしたらその先回りは、「未知」のものを「既知」のものとして想像して自分を安心させる防衛機能みたいなものかもしれないけれど、やっぱり怖いものは怖いよね。

だから、怖いもの知らずの人ってのは、あらゆる物事を合理的にかつ極めて現実的に既知のものに置き変えられる人か、著しく想像力が欠如した奴なのかなぁ、と。

それでは、恐怖心を失くすためには何も考えずに想像することを捨てればいいのかっていうと、それはそれで別の意味で怖いことになるかもしれない。思考することを止めたら人間じゃなくなっちゃうからね。

以上、僕なりの「恐怖について」。僕は心理学の本は読んだ事がないので実際のところどうなっているのかはわからない。

どうなんでしょう?教えて偉い人!


ちなみに、僕は怖い作品とかは大嫌いだ。怪談とか都市伝説とか血みどろでグチョグチョのグロイのとかは好きだけど、ホラー映画なんかは耐えられない。あーいうのを見たあとなんかは一人でトイレに行くのも嫌になるくらいだ。ホラーとか見てると背後が気になって気になってしょうがなくなるのはトラウマじみたものがあるのだが、あまりにも馬鹿馬鹿しいので割愛。

たまに自分がブログ持ってることを忘れてしまうから困る・・・



全知全能というと何を思い浮かべるだろう?当然、逆から読めば犬の人(?)のことであろう。

では、「全知全能」とはどういったことか。その言葉から見ていこう。
まずは「全知」。これはそのまま、全てを知るということだ。ということは彼(以降、めんどくさいので仮に「彼」と呼称する)は、なんでも知っていることになる。知らないことなど何一つなく、この世のありとあらゆる事象に通じているということだろう。

次に「全能」。これは、全てのことが可能ということだろうか。つまり彼は何でもできるということだ。

このように、彼は全知全能であるので完璧であることがわかる。ようするにそれ単体で全てが事足りているのだ。

この彼、ミスター&ミスパーフェクトとは一体なんだろう?αでありΩである彼はどういうものなんだろうか?

この世の全てを知り、この世のありとあらゆることが可能なもの。つまり、世界のあらゆる事柄を内包しているものとは言えないだろうか。

世界のあらゆる事柄を内包しているもの。それって結局世界そのもののことじゃない?