この度の地震に際し、ご心配いただきありがとうございました。
たくさんの励ましをいただき、心強かったです。
本当に本当にありがとうございました(ノ_・。)
地震発生当時は仕事中。激しい揺れを感じ机の下に潜り込みました。
小さな地震が多い土地柄、いつもならちょっとで終わるはずの揺れが
いつまでも揺れ続け、徐々に激しさを増し、いつ窓ガラスが割れて
自分に刺さるかも分からない恐怖を感じながら
『早く止まって!お願い!お願い!』
と叫び続けました。
途中、事務所2階の人たちが外に出ているのを見て自分達も逃げなきゃと
スリッパのまま駐車場に避難しました。
腰を抜かしながらも、自分の部署の人数点呼、社員全員の無事を確認。
社用車のラジオをかけ、情報を得ていました。
事務所に戻ると割れたガラスが玄関に散乱。
私たちが逃げた後に落下したようです。
工場は天井が落ちました。よくけが人が居なかった・・・と思うほど。
長さ数十メートル崩壊し、その下にあるパーテーションはへし折れていました。
スリッパから安全靴に履き替え、ヘルメットを持ち出したのですが
この数十秒間にも余震が・・・恐怖でした。
数時間後に解散し、停電で信号が点いていない中大通りを避けて車で帰宅。
自宅は停電していたので、同じ市内でも停電を免れていた叔母宅に
家族全員で避難させてもらいました。
翌日の土曜日は会社の出勤日の予定でした。しかし社食は利用出来ない。
私は社員人数分のおにぎりを作って持って行きたいと叔母に伝えたところ
快く引き受けてくれました。
停電は免れたものの断水しており、急遽井戸水に切り替えての炊飯。
井戸はしばらく使っておらず、炊いたご飯には小さな砂利が混じっており
入れてくれたお茶は鉄臭い匂いがしましたが
温かいご飯、熱いお茶を飲めることがこんなにも幸せだったなんて
と深くありがたみを感じました。
と同時に、こんな状況下にもワガママを受け入れてくれた叔母に深く感謝しました。
結局翌日は休業となったのですが、叔母と一緒に握った40個のミニおにぎりは
翌日まで家族で食べ続けました。
その後電力が復旧し、実家に戻ったのは13日になってから。
私の住んでいる地域は瓦屋根が落ちた家が多かったのですが
我が家はお陰様で無傷。ご近所様に
『亡くなったおじいちゃんに守られたのね』
と言っていただきました。。。
心配だった食料等はとりあえず確保できました。
そして今は満タンのガソリンですが、1週間で使い切る通勤距離の私・・・。
その後どうしたらいいかは目処がたっていません。
早急な供給を願うばかりです。
今私にできるのは節電の協力ぐらい。
微力ではありますが少しでも協力できるのなら・・・と思い
ブログはしばらくお休みしたいと思います。
PCもケータイも電力を必要とするというのもありますが
あとは自分のメンタル・生活環境が落ち着くまでというのもあります。
いつ再開するかはわかりません。
明日かもしれませんし、1ヵ月後先かもしれません。
自分の心の赴くまま過ごしてみたいと思います。
最後になりましたが
亡くなられた方のご冥福をお祈りしますと共に
一人でも多くの生存者の方が見つかりますように心より願います。
アコ