2012 12 2 ドローイングしながら考えていること 

言葉にするとなんて薄っぺらいんだろうと思うけど、行って美術ってか、やりたい物を自分で作っていこうって決心できた。
決心って言う言葉もずれているくらいなんか気持ちがそういうほうに向かっているきがする。
今日読んだ吉本バナナのエッセイにもあったけど、才能なんてないからやっていいく自信なんてなかったけど、
やらないと死んじゃう。生きながらにして自殺しているようなもので、やらないときは常にやってないことを考えて少嫌な気持ちになる。
その本の中に才能について書いてあった。

村上龍のエッセイの抜粋らしいけど、

F1選手は車の形の穴が、有名なテニス選手にはテニスラケットの穴が
才能なんて祝福ではなく欠落だ。本人にとってそれはリスクなのだ。それを埋めるようにして生きていくしかないし、
扱い方を間違ったりほうっておけばその穴は本人を食いつぶす。

本人を食いつぶす。

やっていくしかないんだと思った。過去のやってなかったときの自分は
生きている気がしなかった。

何をやりたいのか。
どういう希望をもったのか。いままでギャラリーの展示には感じなかった面白さを感じた。
人と出あったから?

発表の場所が無いから作ったって言ってたけど、

ドローイングはありのままの自分が絵に出て行くようなきがする。(イラストはこーいう感じ?レベルでドローイングはコレ!!って自分で決めてて自分の何かが出てる。)
言葉にはできない感情が絵になって外の世界にでていく。
描いていてよしって思える、そういうところを選んでる。逆にそれが無いと描いてる目的がずれる。