近況です。


集中出来ない、というか油断すると身体中の力が抜けてしまうというか、とにかく脱力感が酷い状態が続いています。

こんな状態でいられるのも、ポンコツ不良品専業主婦だからであって、夫からは「まだ娘猫が逝ってからひと月も経ってないんだから仕方あるめぇ」と甘やかしてもらってるからだけど…。


なんていうか、その言葉に甘えている自分が情けなくて、せめて食事だけでも、と頑張っているんですが、私自身「それだけでもダメだし」と自分で自分を攻撃してます。

はい。
非生産的です。
心身ともに、自分を追い詰めてどーすんだ?と思うのだけれど、今自分に感じるのは「あっしはホントに役たたずだなぁ」という自嘲。


本日、カウンセリングなので、思いっきり話してこよう、と思ってます。
多分(いや、確実に)これまでになく支離滅裂な会話になると思うけれど、小さくても、細くても、自分の歩む道が少しでも見えればいいんだけど、と考えてます。

私の好きなように話をさせて下さるので、結果更に落ち込むこともあるかもしれないけれど、娘猫が逝ってから友人とも会話していなくてかなり閉鎖的になってるので…。


出かける時に、娘猫が寒がらないようにヒーターをつけていかなきゃ、と瞬間的に思ってしまう私。
だめですなぁ…。

(☆たかひろさ~ん。「娘猫」でありまして「猫娘」ではございませぬ^^;。うちで飼ってたコは鬼太郎の友人(笑)ではございませんことよ(笑)(笑)。でも、優しい言葉、ありがとう)

娘猫が逝ってしまって、はや5日。

まだ、家にいるような感覚がして、哀しいんだかなんだか嬉しいんだか、良く判らない気持ちでいる。


我が家では、移動火葬車に家まで来てもらい、火葬するのが常なんだけども今回びっくりしたことがあった。


私の父が亡くなった時、いわゆる第二頚椎にあたる部分「お舎利さん」が綺麗に残っていたのだけれど、まさか、猫にまでお舎利さんを見ることが出来るなんて思ってもみなかった。

人間とは違い、小さな小さなお舎利さんだったのだけど、見事に仏様の姿をしていて、涙にくれるより「てめー、さすが長生きしただけあるなー(泣笑)すごすぎだよー」と感動してしまった。


うちの実家の場合は(人間の場合は、かな)綺麗に残ったお舎利さんは別のケースに入れるのだけれど、そこはそこ、結局は猫だし、そういう特別な入れ物は用意されてない。

ただ、業者の人が骨壷の一番上の方に綺麗に納めてくれた。

母猫の時もそうだったんだけど、20歳超えの猫というのは中々いないらしく(最近は多いと思うんだけど<家猫が多いしね)「正直、1000匹に1匹の割合ですよ」と業者さん。
ということは、我が家には20歳には少し足らなかった息子猫以外、母猫、娘猫は揃って1/1000の割合の猫だったんだなぁ…。

更に、その業者さん曰く、人間の長生きさんと違って、猫の長生きの場合はお骨がとっても綺麗な白になってるんですよ、と言っていて、確かに母猫の時と同じく、今回の娘猫も綺麗で真っ白なお骨だった。

びっくりしたのは、「なう」でも書いたけれど、娘猫の下半身が効かなくなってきたことを、業者さんたらば火葬中、機械の中を覗いた時に判った、ということ。

股関節が麻痺していたので、くっついていた状態になって焼けていたのだ。



息子猫が虹の橋に逝って、二年後に母猫が。そして、母猫の二年後に娘猫。
これはただの偶然?
(実は、夫の親とか、私の祖母、祖父とか、父とか、考えてみると、全てに通して今のところ2年サイクルだったりする)


娘猫の介護が終わってゆっくり休めるようになったのに、何故かまだゆっくり出来ない。
落ち着かないわけじゃなくて…すごく恋しいんだ。

最期が近づくにつれて、どんどん甘えてきた娘猫の姿がいとおしくて、思いっきり元気で「だー!しゃべりすぎ!やかましーー!!」と言ってたことが懐かしい。

あれだけ抱っこが苦手だったのに、最期は私に頭をあずけて逝った。
可哀想なことに最期の最期に、吐血して…。
もう瞳孔も開いていたから、ほぼ意識は無かっただろうけれど、それでも苦しげだったあのコを抱きしめて「もういい、もういいから。頑張らなくていいから」と語りかけた。


母猫も息子猫も、完全に逝ってしまって猫ベッドに寝かせた時、かなりやつれた姿になっていたのだけど、今回完全に逝ってしまった娘猫を猫ベッドにそっと移した時、まるで寝ているみたいだった。

私が泣きつかれて知らない間に猫ベッドの傍らでうたた寝している間に、夫が花を買ってきてくれて、娘猫の周囲に飾っていてくれた。それに気づいてまた泣いて。

哀しみ、喪失感を共有してくれる夫で良かった、としみじみ思った。
(割と冷たい…違うな、どこかで冷静になっちゃう人でして、自分の父親が亡くなった時も泣くこともなかったというお人なんだけど、猫たちが逝く時、逝ったあと、毎回泣いている。が、本人は泣いてない、気のせいだ。と言い張る。なんで意地張るんだか、と少し笑ってしまう。でもそれ以上に、私と同じように、猫たちに愛情を持って接してくれてたということなわけで…)


さて。

今の私ですが。


ぼーーーっとしてます。

泣いてばかりいるわけじゃないけれど、思う存分哀しみに浸りたい。
簡単に切り替えが出来る人もいるかもしれないけれど、私にはそれは無理なので、気配を感じたら「早く虹の橋にいけー!みんな待ってるぞー!」と話しかけてる日々だ。

気に病んでいるわけではないので、どうか心配しないで下さい。
時間薬が効いてくるまで、私を幸せにしてくれた猫たちの思い出を思い出しつつ、娘猫が本当に逝ってしまったことをきちんと納得するまで、元気なふりをするのはやめておこう、と思ってる。
空元気は私の性分じゃないしね。
幸いなことに、夫に理解があるので(…毎回夫の理解に甘えてしまってるなぁ、と思わないでもないけれどね)少しずつ、少しずつ、ゆっくりと毎日を過ごしていくつもり。


まだまだ寒い日が続きますが、皆様どうか風邪やインフルなど召しませぬよう、お身体ご自愛下さいませ。

それでは…。

PS
いつもコメントありがとうございます、藤花さん。
あなたのコメントで、私は素直に泣くことが出来ました。
感謝です…。



午前8時5分前、娘猫は虹の橋へ旅立ちました。

取り急ぎ…。