影響を受けやすいのは昔からなんだけど、勘三郎さんの番組を観て、自分の父親を思い出し、ずーっと涙が止まらない。

勘三郎さんのお棺に奥様がガリガリ君を入れた時、号泣してしまった。


私は、父が家から斎場に移される時、父が好きだったジャズの曲を流して欲しかった。
元家族にもその話をしたんだけど、結局なぁなぁで(被害妄想だと思うけれど、本当にそうしたかったんだ・・・)私が最後の最後に父にしてあげたかったことを何もしてあげられなかった。

出来たのは、亡くなる前日、病院から帰宅してすぐに父の大好きだったコーヒーを入れることが出来たぐらい。


母にも兄にも負けないですぐに行動に移せて、父の望みを叶えられたのはそれだけだった。


カップに半分以下だったけれど、両手でカップを包みながら、少しずつ飲んでいる父の姿が今でも目に浮かぶ。


もう一つは、献体に出せなかったこと。

これだけは、母にも兄にも強く言ったのだけれど、母から拒絶されてムリだった。

父とはよく、死生観について、人間について、話していた。
その時、いつも父は「自分が医師になれたのは献体をして下さった方がいてくれたおかげ。自分が死んでしまったら、そこで恩返しが出来る」。そう何度も言っていたのに。

そして、お墓。

父はお墓に入りたくなかった。
そう、私には断言していた。

一部は海に散骨したけれど、結局苦労をされっぱなしだった父母と同じところに埋葬された。

「死んでからも厄介なことに巻き込まれるといやだよ、オレは」と苦笑しながら言っていたっけ。


だから、私の中では父はいつも、虹の橋のたもとで父に懐いていた犬、猫と戯れているんだ、と考えるようにしている。


なんて、ここまで書いたことは以前にも書いたと思う。


ただ・・・ただ・・・観た番組の影響が強すぎて、今、とにかく父に逢いたい。
私のことを心配してくれていた父に「今は、とっても幸せなんだよ!」と父に話したい。

「不思議なんだけどね、夫クン、おとーさんに似てるとこが多すぎるんだ」って話したい。


今は、ほろほろと泣いてしまってる私なんだけど、すでに父が亡くなって10年以上なんだけど、ここまで強く父に逢いたい、と思ったのは久しぶりで、自分で自分の気持ちをもてあましている。



ココロの中で、「心配しないでね。私は今幸せだよ」と、父に言い続けていたけれど、今は「生きている父に」そのことを伝えたくて仕方ない。
望んでもせんないことだけれど・・・。


もう一つはまだまだ罪悪感があるから。

父が亡くなった時に、兄に「おやじの死期を早めたのはお前の勝手のせいだ」と言われたことが棘となって、私のココロをちくちくさせる。


本当に勝手なことばかりをしてきた。

バカな男に振り回されて、しかもその男の借金を背負わされて・・・。
しばらくは実家でゆっくりしていればいい、と言われたけれど、母とのケンカが絶えなくて、結局父を疲れさせていたのは事実。

そんな時に夫クンと知り合って、私はすぐさま夫クンの元に行った私。安易だ・・・。

そのことを兄は責めるけれど、きちんと話し合ったんだよなぁ・・・。

「お前の気持ちがこの家では安らげないのは判ってる。お前もおかーさんもすぐ感情的になるし、仕事から帰ってきて、ぎすぎすしている空気になってるのはオレもしんどい。だから、お前がその男性と一緒にいて安定できるなら、オレは反対しない」というお墨付きを貰った。


でも、それを強硬に反対したのは兄だったんだな。
「嫁入り前の娘が男のところに入り浸りっていうのは順番が違う!」って。

うん、それも正しい意見だと思う。

だけど、その時、兄夫婦は実家とは別居していて、私と母との確執の深さをいまいち理解していなかったわけで・・・。
私の望んでいることを父が許す、ということ=確執の深さを父がよく理解してくれていたからなんだけど、兄は頑なに反対していたっけ・・・。

「それじゃあ、実際は彼のところに行くわけだけど、発想の転換をして、女友達と一緒に住む、って考えてやれよ」とこれまた父が苦笑して言っていたけど、兄の怒りは納まらなかった。


あの当時は・・・怖かったなぁ。
二度と、夫クンの元に戻れない、という恐怖にがたがた震えていた。
義姉が、兄の暴走をなんとか止めてくれて、改めて父に「お舅さんは許可されるんですね」と話をまとめてくれたから、私は実家の前で待ってくれていた夫クンの元に戻ることが出来た。


こうして書いていると、本当に心労をかけたんだなぁ、と思う。
でも、父が亡くなった時に「お前が素直になって、実家にいれば、おやじはここまですぐに悪くなることはなかった!!」と責められた時は、心底打ちのめされた。

そして、さっきも書いたけれど、その兄の言葉の棘はまだ私の中に残ってる。

だからこそ、「父に今、逢いたい!」と強く思う自分に対し、もう一人の自分が「自分の行いが父の死期を早めたのに、何いってんだ」と呆れて嘲笑ってるわけで・・・。


人には、寿命、定命があるわけで、死なない人間なんていないのは判っているけれど、私が父の生きる時間を減らすことになった可能性はゼロではない、という想いが苦しい。

ごめんなさい、お父さん。
大好きなお父さん。

いずれ、私がそっちの世界に行った時に、手作りのわらび餅と、美味しい手づからのドリップコーヒーを一緒に味わって欲しいな。