ども、です。
4回に区切って書きましたが、正直中途ハンパです。
途中で「私は何が言いたいの?これってただのダダこねじゃん。子どもみたいにじたばたしてるだけじゃん」と『大人』の私が出てきてしまい、本来の「気持ちの棚卸し」=子ども時代の私を見つめ直して受け止める、ということが難しくなっちゃったというか・・・。
まだまだ弱いんでしょうね。
過去のイヤなことを糧にして生きていくのが人間だとしたら、私はそれを糧にする方法を知らず、この年齢まで『荷物』として背負っていて、気づいたら膿んでいた、という感じかな。
で。
情けないことに、母親が恋しくて泣きそうになってる自分もいるのです。
母に電話したい。
母の声を聴きたい。
そう想ってる反面、母に逢いたくない。
恨み言を言いたくない。
話しの流れから、また母を責めるかもしれない。
この二つの感情がせめぎあって、苦しいです。
結婚前に、母とケンカをしまくっていた時は母に対して最後の方は本当に憎悪を抱えていました。
人に対して心底憎い、と想ったのは・・・母とDVモラハラ男だけです。
だけど、自分の心の病、在り様を知り深く考えるようになって、母自身も被害者であることが判ってから母に対してただ単純に責めることが出来なくなりました。
母は母で、私と言う娘が自分の手のうちから離れていこうとしたとある時期以降、腫れ物に触るような扱いをしてくるようになりました。
何度も書いていますが、優しさを装い、モノで私を釣ろうと(悪意に満ちている言葉ですが・・・本音です、ごめんなさい)したり、泣き落としをしたり・・・。
すれ違ってしまった想いというのはこんなに痛みを伴うのか、というのが今実感していることです。
母は、私に避けられていることを知ってはいるけれど何故ここまで私が頑ななのかはわかっていないと思います。
そして『子ども』の私は母を許せていません。
お祭りに出たかった。
ハンドベースボール、続けたかった。
参観日に来てくれることを願ってた。
大雨の時、真っ暗な家に帰るのはイヤだった。
etc....
いろんな「哀しかった」ことが部分部分出てきています。
今回の「子ども時代の思い出」はその中でもまとまってる部分だったので記事にしました。
見苦しいと思いますが、これからも「子ども時代」のどこかの部分がまとまったらまた記事にしたいと思います。
書くと・・・正直倒れそうになりますが、『無かったこと』として自分で押し込める方が辛いし、本来の目的・・・思い出して客観的に見直して、自分を生き直す、ということが出来ないと想っているので・・・。
ホントに・・・大きな塊を早く身体の中から取り出してしまいたいです。
感情の波は昔ほど大きく揺れはしませんが、やはり季節の変わり目だからか不安定にはなっています。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
それでは・・・。
4回に区切って書きましたが、正直中途ハンパです。
途中で「私は何が言いたいの?これってただのダダこねじゃん。子どもみたいにじたばたしてるだけじゃん」と『大人』の私が出てきてしまい、本来の「気持ちの棚卸し」=子ども時代の私を見つめ直して受け止める、ということが難しくなっちゃったというか・・・。
まだまだ弱いんでしょうね。
過去のイヤなことを糧にして生きていくのが人間だとしたら、私はそれを糧にする方法を知らず、この年齢まで『荷物』として背負っていて、気づいたら膿んでいた、という感じかな。
で。
情けないことに、母親が恋しくて泣きそうになってる自分もいるのです。
母に電話したい。
母の声を聴きたい。
そう想ってる反面、母に逢いたくない。
恨み言を言いたくない。
話しの流れから、また母を責めるかもしれない。
この二つの感情がせめぎあって、苦しいです。
結婚前に、母とケンカをしまくっていた時は母に対して最後の方は本当に憎悪を抱えていました。
人に対して心底憎い、と想ったのは・・・母とDVモラハラ男だけです。
だけど、自分の心の病、在り様を知り深く考えるようになって、母自身も被害者であることが判ってから母に対してただ単純に責めることが出来なくなりました。
母は母で、私と言う娘が自分の手のうちから離れていこうとしたとある時期以降、腫れ物に触るような扱いをしてくるようになりました。
何度も書いていますが、優しさを装い、モノで私を釣ろうと(悪意に満ちている言葉ですが・・・本音です、ごめんなさい)したり、泣き落としをしたり・・・。
すれ違ってしまった想いというのはこんなに痛みを伴うのか、というのが今実感していることです。
母は、私に避けられていることを知ってはいるけれど何故ここまで私が頑ななのかはわかっていないと思います。
そして『子ども』の私は母を許せていません。
お祭りに出たかった。
ハンドベースボール、続けたかった。
参観日に来てくれることを願ってた。
大雨の時、真っ暗な家に帰るのはイヤだった。
etc....
いろんな「哀しかった」ことが部分部分出てきています。
今回の「子ども時代の思い出」はその中でもまとまってる部分だったので記事にしました。
見苦しいと思いますが、これからも「子ども時代」のどこかの部分がまとまったらまた記事にしたいと思います。
書くと・・・正直倒れそうになりますが、『無かったこと』として自分で押し込める方が辛いし、本来の目的・・・思い出して客観的に見直して、自分を生き直す、ということが出来ないと想っているので・・・。
ホントに・・・大きな塊を早く身体の中から取り出してしまいたいです。
感情の波は昔ほど大きく揺れはしませんが、やはり季節の変わり目だからか不安定にはなっています。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
それでは・・・。