久しぶりに「記事」を書こうとアメーバに入りました。
ちょこちょこと、気がまぎれるかな、とピグにこっそり入っていたりしたのですが、お友達がいてもどうしても話せなくて、私はこんなに弱ってしまってるのか、と情けなく思ったりしてました。
まなみんさん、木漏れ日さん、記事でのお返事(になってないかも、ですが・・・)になりますがお許し下さい。
予想はしていたのですが、やはり日に日にあのコが私の支えだったか、という事実が大きくなってきていて、泣くわけではないのですがただただ抜け殻のようになってしまってます。
身近な存在を亡くす、ということを考えると私は、夫と知り合ってから数年ごとに(当然ながら、望んではいなかったのですが、これは自然の摂理として避けられないことなので・・・)次々と経験していきました。
父が亡くなり、祖父が亡くなり、祖母が亡くなり、夫の父も亡くなり、叔父も亡くなりました。
身近な存在・・・今まであった、自分の周囲の風景が一夜にして変わってしまう。そんな風に私は感じていました。
学生の頃、観念として理解していたつもりの「死」ですが、それは自分本位に判っていた「死」だったのだな、とその時思っていたと今だからこそ思うのです。
不遜な考え方ですが、死を怖いと思うことは昔も今もありません。
生きているものがいずれ死を迎えることは自然の摂理である、とこと自分においては十分に判っていることだったので・・・。
私に欠けていたのは「残されたもの」の大きな哀しみだったのです。
そして、その哀しみを最初に教えてくれたのは父でした。
言葉が少ないと言う部分と、「親だからこそ子どもには本心を見せない」という信条からか、父の心が中々判らなかったのですが、私が成人したあとはある程度対等に話してくれる、数少ない「大人」でした。
甘えのない人生を彼は過ごしてきて、晩年は私と母の言い争いにうんざりし、更に私がいなくなってからは母の我侭に振り回されてきた父でしたが、最期に語った言葉が「オレは負けない」でした。
すでに、父が亡くなって10年。
けれど未だに私は逢いたく思うのです。
母猫のことでぐじぐじしちゃってた私がいきついたのは、父に頼むことでした。
「久々に逢うでしょ?○○ちゃんを私に逢わせてくれたのはおとーさんだったよね。精一杯生きたんだよ。私はもう撫でてあげられないけれど、私の代わりに優しくしてあげて。あぁ、先に逝った息子猫と一緒に。そっちの時間からすると、私が逝くのも多分すぐだろうから、それまでよろしく」
・・・こんな具合に。
まなみんさん、木漏れ日さん。
ここを読んで下さってる方に本当に申し訳なく思っています。
予想していた、と最初の方で書きましたが・・・正直ここまで、と今自分に驚いてます。
それというのも、事情を知っている友人からの電話に出ることが出来なくなってしまったのですね。
留守電に「大丈夫?落ち込んでないかと心配になって・・・」とメッセージが入っていて、その時に連絡すれば良かったのが、うまく自分の気持ちを伝えられることが出来ない気がして・・・そして、ペットの死というのは人によって違うものだと思っているので、もし、その友人から私が望まない言葉をもらってしまったら、相手に理不尽な怒りをもってしまいそうな恐れを持ってしまったのです。
更に言えば、その友人は半年前に同じくペットを亡くした、ということもあり母猫の具合が悪かった時に話をしたのですが、「判る判る」という同意がなんとなく・・・どう言っていいかわからないのですが、「辛いけどね、仕方ないことだし」とまだ、母猫が頑張っているのに言外に、既に死んでいるような話し方をされたことが引っかかってしまっていたのです。
勿論、その友人に悪意があるなんて思っていません。
純粋に私を心配してくれているのはわかっているのです。
ありがたい、と思ってます。
そして、その友人から、今日も電話がありました。だけど、私はやはり電話に出られませんでした。
それどころか・・・電話線を抜く、という情けない行動に出たのです。
本当ははっきり「ちょっと今はつらい」と言えばいいことなのに、それさえも言えなくて何故電話に出ないのかを察して欲しいとまで甘ったれています。
私自身、友人がペットのことで大変な時は友人から連絡してくるまではこちらから接することは無かったので、そういう対応を求めてしまってる部分が大きいのでしょうね。
そして多分、彼女の口癖である「仕方ないよ」というのを聞きたくないのでしょう。
実際、母猫は逝ってしまったのだし、ぐじぐじうじうじしていても何にもならないことは判っているのですが・・・。
あぁ。
なんだか、すごくみっともないです。
自分の醜い部分にうんざりしてます。
自分の殻に「よっこいしょ」と入りかけてる自分にむかつきます。
夫に物理的に甘えることが増えました。
夫とは普通に話せているのですが、物理的に過剰に甘えている自分自身を客観的に見て、どこかおかしい、と自己分析していました。
それを夫に言ったのですが、夫は「不安からじゃないかな?そうやって甘えてくるのは。オレはそう思ってるけど。だって、まだ一ヶ月経ってないし・・・」
木漏れ日さん、私は自分が恥ずかしいです。
哀しむことだけを、私は存分に出来る状況にいるのです。
この世の中、一生懸命仕事をして、一日一日を生産的に生きている人が多い中、私は夫に保護され医師からもムリは禁物を言われ・・・。
それに甘えている自分。
友人の優しさをひねくれて受け止めることも出来ない自分。
こんな自分の姿を多分、母猫は「まったく、しょーがないなぁ」と呆れて見てるでしょうね・・・。
今日の記事は最悪です。
ただの垂れ流しですね。
だけど、こんな自分も含めて自分なんだ、と今一度きちんと認識しておきたかったのです。
私は公正明大な人間ではありません。
悪意の塊の人間ではないけれど、醜い感情も沢山持ってます。
その「自分」を客観的に見たくて、こうして記事をUPすることにしました。
これを読んで不愉快になった方は多いと思います。
本当にすみません。
自分がどの方向に行こうとしているのか、今はちょっとわかりません。
ですが、過去の私であれば生きることを辞めよう、と思っていたはずですが、それだけは考えてません。生きることはしんどくて辛いことだと理解したうえで、それでも最後まで生きていきたい、と思っています。
更新についてですが、しばらく生暖かく見守っていて下さい。
どうか、よろしくお願いします。
ちょこちょこと、気がまぎれるかな、とピグにこっそり入っていたりしたのですが、お友達がいてもどうしても話せなくて、私はこんなに弱ってしまってるのか、と情けなく思ったりしてました。
まなみんさん、木漏れ日さん、記事でのお返事(になってないかも、ですが・・・)になりますがお許し下さい。
予想はしていたのですが、やはり日に日にあのコが私の支えだったか、という事実が大きくなってきていて、泣くわけではないのですがただただ抜け殻のようになってしまってます。
身近な存在を亡くす、ということを考えると私は、夫と知り合ってから数年ごとに(当然ながら、望んではいなかったのですが、これは自然の摂理として避けられないことなので・・・)次々と経験していきました。
父が亡くなり、祖父が亡くなり、祖母が亡くなり、夫の父も亡くなり、叔父も亡くなりました。
身近な存在・・・今まであった、自分の周囲の風景が一夜にして変わってしまう。そんな風に私は感じていました。
学生の頃、観念として理解していたつもりの「死」ですが、それは自分本位に判っていた「死」だったのだな、とその時思っていたと今だからこそ思うのです。
不遜な考え方ですが、死を怖いと思うことは昔も今もありません。
生きているものがいずれ死を迎えることは自然の摂理である、とこと自分においては十分に判っていることだったので・・・。
私に欠けていたのは「残されたもの」の大きな哀しみだったのです。
そして、その哀しみを最初に教えてくれたのは父でした。
言葉が少ないと言う部分と、「親だからこそ子どもには本心を見せない」という信条からか、父の心が中々判らなかったのですが、私が成人したあとはある程度対等に話してくれる、数少ない「大人」でした。
甘えのない人生を彼は過ごしてきて、晩年は私と母の言い争いにうんざりし、更に私がいなくなってからは母の我侭に振り回されてきた父でしたが、最期に語った言葉が「オレは負けない」でした。
すでに、父が亡くなって10年。
けれど未だに私は逢いたく思うのです。
母猫のことでぐじぐじしちゃってた私がいきついたのは、父に頼むことでした。
「久々に逢うでしょ?○○ちゃんを私に逢わせてくれたのはおとーさんだったよね。精一杯生きたんだよ。私はもう撫でてあげられないけれど、私の代わりに優しくしてあげて。あぁ、先に逝った息子猫と一緒に。そっちの時間からすると、私が逝くのも多分すぐだろうから、それまでよろしく」
・・・こんな具合に。
まなみんさん、木漏れ日さん。
ここを読んで下さってる方に本当に申し訳なく思っています。
予想していた、と最初の方で書きましたが・・・正直ここまで、と今自分に驚いてます。
それというのも、事情を知っている友人からの電話に出ることが出来なくなってしまったのですね。
留守電に「大丈夫?落ち込んでないかと心配になって・・・」とメッセージが入っていて、その時に連絡すれば良かったのが、うまく自分の気持ちを伝えられることが出来ない気がして・・・そして、ペットの死というのは人によって違うものだと思っているので、もし、その友人から私が望まない言葉をもらってしまったら、相手に理不尽な怒りをもってしまいそうな恐れを持ってしまったのです。
更に言えば、その友人は半年前に同じくペットを亡くした、ということもあり母猫の具合が悪かった時に話をしたのですが、「判る判る」という同意がなんとなく・・・どう言っていいかわからないのですが、「辛いけどね、仕方ないことだし」とまだ、母猫が頑張っているのに言外に、既に死んでいるような話し方をされたことが引っかかってしまっていたのです。
勿論、その友人に悪意があるなんて思っていません。
純粋に私を心配してくれているのはわかっているのです。
ありがたい、と思ってます。
そして、その友人から、今日も電話がありました。だけど、私はやはり電話に出られませんでした。
それどころか・・・電話線を抜く、という情けない行動に出たのです。
本当ははっきり「ちょっと今はつらい」と言えばいいことなのに、それさえも言えなくて何故電話に出ないのかを察して欲しいとまで甘ったれています。
私自身、友人がペットのことで大変な時は友人から連絡してくるまではこちらから接することは無かったので、そういう対応を求めてしまってる部分が大きいのでしょうね。
そして多分、彼女の口癖である「仕方ないよ」というのを聞きたくないのでしょう。
実際、母猫は逝ってしまったのだし、ぐじぐじうじうじしていても何にもならないことは判っているのですが・・・。
あぁ。
なんだか、すごくみっともないです。
自分の醜い部分にうんざりしてます。
自分の殻に「よっこいしょ」と入りかけてる自分にむかつきます。
夫に物理的に甘えることが増えました。
夫とは普通に話せているのですが、物理的に過剰に甘えている自分自身を客観的に見て、どこかおかしい、と自己分析していました。
それを夫に言ったのですが、夫は「不安からじゃないかな?そうやって甘えてくるのは。オレはそう思ってるけど。だって、まだ一ヶ月経ってないし・・・」
木漏れ日さん、私は自分が恥ずかしいです。
哀しむことだけを、私は存分に出来る状況にいるのです。
この世の中、一生懸命仕事をして、一日一日を生産的に生きている人が多い中、私は夫に保護され医師からもムリは禁物を言われ・・・。
それに甘えている自分。
友人の優しさをひねくれて受け止めることも出来ない自分。
こんな自分の姿を多分、母猫は「まったく、しょーがないなぁ」と呆れて見てるでしょうね・・・。
今日の記事は最悪です。
ただの垂れ流しですね。
だけど、こんな自分も含めて自分なんだ、と今一度きちんと認識しておきたかったのです。
私は公正明大な人間ではありません。
悪意の塊の人間ではないけれど、醜い感情も沢山持ってます。
その「自分」を客観的に見たくて、こうして記事をUPすることにしました。
これを読んで不愉快になった方は多いと思います。
本当にすみません。
自分がどの方向に行こうとしているのか、今はちょっとわかりません。
ですが、過去の私であれば生きることを辞めよう、と思っていたはずですが、それだけは考えてません。生きることはしんどくて辛いことだと理解したうえで、それでも最後まで生きていきたい、と思っています。
更新についてですが、しばらく生暖かく見守っていて下さい。
どうか、よろしくお願いします。