ども、です。
夕飯の下ごしらえが終り、さてと、と思ったところで、夫からの帰るコールがありました(夫の会社も不況の煽りを受けているようで、残業はほぼ0なのです)。
夕飯の準備中にふと思ったことを書いておこうかな、と思い、ココを開きました。
ここ最近の記事通り、私は今過去の記憶にアクセスして、その時の痛みを再確認しています。
この追体験は、長年私が感じていた【生き辛さ】を緩和していくことに必要なことだと私は信じています。
前提として、「忘れる」ことの出来る人ならば、こんな面倒くさい作業なんていらないと思います。
ですが、私は「忘れる」ことが出来ない・・・もっと言えば、「忘れる」ことに対しての罪悪感を持ってしまってる自分がいるわけなんですね。
※書いてて、思った・・・本当に面倒くさい人間だ、私ってやつは・・・。
そして、その過去に向き合うことをしている今、現実と過去との間に私の存在はゆらゆらしているのです。
しょーじき、やばい状態とも言えます(これは、カウンセラーの先生にも話していたのですが、やっぱり「ん~、危ないかなぁ」と不安視されちゃいました)。
だけど、思ったのですね。
三ヶ月前、半年前、一年前・・・と過去に遡り、病院に通院していた自分を思いだすと、過去の痛みと向き合える時期は今なんだな、と思うのです。
今の私もそんなには強くありませんし、しょっちゅう堕ちることになると思ってます。
それでも、私もそんなに若くないですし、いつまでも過去の亡霊に怯え、夫に保護され庇護されているばかりじゃ、本当の意味で自分を愛せなくなってしまう、と思うのですね。
そして、それは当然大切に思っている夫に対しても、同じなんです。
私が安定してこそ、夫婦で楽しく過ごしていける・・・。
望んでいるのは、平凡な日々です。
その平凡な日を手にいれ、心から私が「私はここにいていいんだ」と思うために必要なこと、それが過去との対峙だと思うのです。
さてさて・・・。
正直、下書きに書いて消えてしまった記事に何を書いたのか覚えていません(^^;)
前述したように、日常と過去をいったりきたりしている今が一番不安定な時期なのでしょう。
だけど、それも全て承知でやっていきます。
中々思うように進まないと思います。
二つだけ、自分に課したことがあります。
しんどい時は休もう。
一つだけでもいいから、【日常】のことをしよう。
夕食作りはその一環です。
先に進むにつれ、私の記憶が私の内部を攻撃する時もあると容易に想像出来ます。
そんな時に、休める勇気、もしくは自分を過去から引っ張り戻す「あ、夕飯を作らなきゃ」というスイッチの切り替えが必然だと思って「夕飯作り」をチョイス(笑)しました。
洗濯や掃除などでもいいのですが、なんと言っても私の「今」を知っている夫との日常に直結するのは食事です。
正直なところ、今日、出来るかなぁと危ぶんでましたが、お米を研いだり、味噌汁を作っていると自分が少しずつ「今」に戻ってきたみたいかな?と全て下ごしらえが出来てから、実感したんです。
大層なことを言うなぁ、と呆れられてるかもしれませんね(^^;)
とりあえず、タイトルにあるように、隙間日常を過ごしながら、自分の過去と向き合っていきたいと思ってます。
なんだか変な文ですね。
ここまで読んで下さってありがとうございました<(_ _)>
それでは・・・ヾ(´・ω・`)