ども、です。
結婚してからこっち、7月7日の夜に空が晴れたところを見てません。
雨が降らずとも、重苦しい雲に覆われていたりして、天の川も全く見れていないです。
夜空という存在は私にとって、親友に等しいものなのですね。
なにせ、夜が私のココロの住まいであるみたいなものですので・・・(暗いなぁ)。
不眠症な半生、ふと夜空を見上げることが多かったわけです。
田舎は夜が暗いです。そして、私が今住んでる場所は今までで最高に田舎(笑)なので、夜空が綺麗に見れます。
振るような星々や、美しい夜の女神である月を見ると、私は安心するのです。
もともとが地方都市?で産まれた私なわけですが、失踪した時、あちこちの都会に行ってびっくりしたことがありました。
夜空だけじゃなく、空自体が狭いんです。
ビルが問答無用で視界に入ってくるから。
びっくりしちゃって、その時の職場の同僚に「空、せまっ!」と思わず言ったら同僚は「え?あぁ、そっか~。私はこの空に慣れてるから視界にビルと空が混在するのが普通の風景なんだけど、そんなに狭く感じる?」と言われて、あぁホントに私は田舎のコと思ったものです。
そして、「うん、狭いというか・・・視界にビルが入ると窮屈だねぇ」なんて話してたのですが、同僚は「私にしてみれば、視界の全てが空だったら怖く感じるよ(笑)」と笑ってました。
そして、夜にもなると今度は街の灯りで星が見えることなんてありません。
それは不思議な体験だったように思います。
逆に言えば、その体験をしたからこそ、今こうして空を見上げれば空しか見えず、夜には降るような星が見えることを幸せに思えるのでしょうか。
失踪時の記憶・・・時系列がばらばらで、起こった出来事の一場面一場面しか想い出せないので、その当時、この日が晴れたか雨だったのか、曇りだったのか、という記憶がありません。
私の中では、七夕は子どもの頃からとても特別な日でありました。
元の家族はいわゆるイベント事には関心がなく(正月とお盆は別でしたね)、私一人で盛り上がってました。
想い出すのは幼稚園の頃のコト。
みんなで短冊に願い事を書いて、クラスごとの笹につるして・・・。
自分の中で、正当すぎる七夕をしたのはその時期だけだったように思います。
それ以降は、父や母が青竹をもってきて笹に願いを込めて書いた短冊をつるすこともなく、私一人が自宅の屋根に登って(雨でなければ)ココロに願い事を持って、夜空を見上げてました。
こう書くと、何か寂しい話ですね。
うん、私、寂しかったんだと思います・・・。
今書いてて、何故か泣けてきてます。
自分の子ども時代を自分の中のちっちゃな私が「こんなの、やだやだやだ!」と地団駄踏んでるのかな?
その小さな「私」を抱きしめながら、今日、夜空を見上げます。
あとは、お天気ですが・・・やばそう・・・。シクシク
それでは~ヾ(´・ω・`)
PS
七夕の前日の雨を洗車雨(せんしゃう)と言うらしいですね。
うーん、彦星クン「明日のための準備は万端だぜ!」と毎年牛車を洗って・・・で、翌日雨のパターンが多いから、牛車だけが毎年綺麗になっている、なんて妄想(^^;)しちゃって、切なくなっちゃいましたよ。
逢えるといいんだけれどなぁ。世界の全てが雨なわけないだろうし、どこかで逢えるよね。